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続・中井町の史跡散歩は 半分形(はぶがた)と久所(ぐぞ)へ

 
 

図らずも、トップはイガイガさんと同じ場所の写真になった。
「川が光っている所がいいね」って、Kさんが言ってくれた。



3月21日

本日もお天気悪し。
朝は青空も見えていたのに、だんだん曇ってきて
途中で雨がポツポツ降り出した。
あー、こりゃヤバイ!
なんて思いながらも のんびりまったり巡りは変わらない。

今日は、
前回 歩いた雑色の東側にあたる、半分形(はぶがた)と久所(ぐぞ)エリアの
「中井町史跡散歩 その2」を楽しんだ。



今回は、マジメに自分で作った。ので~、後半にも使った(笑)
位置の○を省略したのがブッブーだったかな。

中井の久所


(1) まずは、中村川の西側の半分形エリア

駐車地(前回と同じ場所)―富士見橋―比奈窪―中井町役場―岩井戸横穴群
―床城(とこしろ)城址―浅間神社(不動明王碑)―大日堂跡―
半分形自治会館(大日如来坐像)―沖庭道祖神―旭橋



中村川を富士見橋で渡って比奈窪(ひなくぼ)へ。
比奈窪バス停近くで見かけた「滝桜お花見会」のポスターが目に留まった。
22年前に福島の三春町から滝桜の実生苗木を譲り受けて10本植栽したそうだ。





奥の茶色の立派な建物が中井町役場。




中村川を万年橋で渡り返して南へ進むと、ほどなくグラウンドがあり、
何気なく入って行くと穴らしきものが見えた。
たぶんこれが「上岩井戸横穴群」だ。
前回見た「雑色横穴群」とは違い、木々に隠れている上に、
穴も崩れていてハッキリ分からない状態だった。


遠くから眺めると何となく穴らしきものが。7世紀~8世紀にかけて造られた墳墓の跡だそう。




「なに、これ?」 グラウンドの入り口にあった この階段と石柱と両側の樹が気になった。
あとでお会いした地元の方に伺うと、今は、それぞれ別の場所に移動している
中村小・中学校があった場所だった。なるほど、それっぽいわ。





現在の中村小学校の裏山になる辺りが、床城(とこしろ)城址だったようだ。
向かいの小高い丘陵地に建つ、現在の中村中学校が見えた。通うの たいへんそう(笑)




雰囲気の良い竹林を右に見ながら道沿いに進んで行くと




浅間神社が。「不動明王碑」や「富士浅間大菩薩碑」など数点が安置されていた。




さらに道沿いに下って行くと、道を外れた一画にこんなお地蔵様や石仏などがあった。
この辺りが大日堂跡らしい。




写真を撮っていると、近くのお宅の方から声をかけられ、
800年前の鎌倉時代に、中井町で盗難にあって行方不明だった仏像が
山形県で発見されたという、ナントも不思議なお話を伺うことができた。

神奈川新聞にも掲載されたというので、帰宅後ググってみると
記事がみつかった。
【 神奈川新聞の記事 】
http://www.kanaloco.jp/article/50066

曽我兄弟の敵討ちにも関係しているらしいので、興味のある方は こちらもどうぞ。
【 曽我兄弟の仇討ち 】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BE%E6%88%91%E5%85%84%E5%BC%9F%E3%81%AE%E4%BB%87%E8%A8%8E%E3%81%A1



半分形自治会館は、ふつうのお家のような感じの造りだった。
以前は、大日堂跡のそばにあったらしいが、今はやや町中に移っていた。


入口のそばにあった説明文。大日如来坐像は見られず残念!



半分形エリアの最後は「沖庭道祖神」見物だったが、
そのちょっと手前にも こんな道祖神が。
何の記載もないけれど、こちらも見るからに古そうだった。





沖庭道祖神は、車道から少し上がった所にあった。
1671年に造立された中井町では最も古いものに属するらしい。


色からすると、手前にあったものの方が古そうに思えるのだけどね。



中井の久所


(2) 次は、中村川の東側の久所(ぐぞ)エリアへ。

五所八幡宮―滝の塔五輪塔―弘法大師堂― 一里塚跡―
富士見台公園(工事中)―大山道標・一本松跡―加藤家のマリア像
―清岩寺―比奈窪―富士見橋―駐車地



半分形から中村川を旭橋で西へ渡り、五所八幡宮を目ざした。
正面の階段は88段あるそうだ。ちょうど清掃が終わった所とか。





境内を ひとめぐりして、次の目的地である「滝の前五輪塔」に向かった。





ところが、すぐ見つかると思っていた五輪塔、
地図を見ながら、4つの目でキョロキョロしながら行ったのにもかかわらず
苦戦を強いられた。
「そんなに奥のはずがない」と戻ると、
歩いている道を少し横に入った民家の庭先の一画にあるのを
イガイガさんが発見した。
いや~、これは分かりにくいわ!!

この辺り、中世から近世にかけては「椿河原」と呼ばれた戦場跡だったそうだ。


個人のお宅の庭内のような感じの所に在った「滝の前五輪塔」は
室町期の制作と推定されている。





また、中村川を渡って道なりに北へと進むと、弘法大師堂があった。


左:堂の右側にあった井戸。         右:堂のそばには、こんな碑?も。



大師堂の先には、草むらの一画に古い庚申塔があった。




奥から下ってくると、こちらにも古い道標(振り返って撮影)。
「左 小田原」は読めるけれど、右 は??

ここは四辻になっている。上の写真の道標が左はじに後ろ向きに立っているもの。
一本松はイガイガさんが立っている所にあった。ここから左へダラダラ下り。





下り終わって藤沢川沿いに北へ辿り、清岩寺に向かう。
またも雨がポツポツくるが、途中に こんな所があると素通りできない(笑)

つい誘われて、ブロッコリーと生シイタケ(各100円)、夏ミカン(200円)を買ってしまった。




藤沢山延命院清岩寺は、お寺の山号なので(とうたくさん)と読むけれど、
そばに流れる川と地名はどちらも「ふじさわ」と、イガイガさんから教えてもらう。



川沿いの静かなお寺だった。



最後は、ひと丘越えて比奈窪に出ることになり、やっと自然の道を歩けた~♪





下った集落そばには、「左 大山道」と刻まれた道標。後ろの木はなかなかの太さだった。


説明文は薄くなっていて、ちょっと読みにくかった。



耳にしたことはあるけれど、ほとんど馴染みのなかった中井町を連続で歩き、
その一端を少しだけ知ることができた気がする。
イガイガさん、ありがとうございました。



本日 一番癒されたのは、半分形の沖庭道祖神に行く途中の里山風景だったかな。




花たちは、歩くたびにニューフェイスが咲きだしている。置いてかれてるなぁ・・・・














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