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小田原城総構(そうがまえ)を歩きたくて♪ -その3ー

 
 
※ 3月2日 つづきの記事を掲載しました。

 

今回の目的はここ、総構の稲荷森。空堀の様子がよく残っていた。



2月17日
3回めの小田原訪問へ。

小田原駅西口に「箱根ベーカリー」というパン屋さんがある。
ここのクロワッサンとシナモンロールが、パリパッリでとても美味しいので、
毎回、来るたびに つい買ってしまう。
これも小田原訪問の楽しみの一つというわけで、
もちろん今日も、ランチの時間が とても待ち遠しい(笑)


城山中学校入り口の信号で足柄街道を渡ると、
すぐゆるい坂道が直角に登っていて、
入り口に「八幡曲輪(はちまんくるわ)」の石柱が立っている。
その説明文を読んでいると、
単独の男性やご夫婦連れの観光客らしき方々が、
先を急いで登って行かれた。右側は城山中学校だ。



【右上】途中から何の気なしにチョット横道に入ってみると土塁の跡っぽいのがあった。
もしかして、この辺は空堀だったかも。突き当たりが八幡山古郭(小田原高校)のようだ。

【右下】上の写真の道を まっすぐ進んで突き当たると、左側には土が見えた。
ここは石壁沿いに右(手前)へ。



イソヒヨドリのオスがいた。25センチくらいあるので、かなり大きい鳥で

城山庭球場の斜面に下りたり、電線にとまったりしていた。右はじに小田原の街が見える。



庭球場の向かい側が小田原高校で、八幡山古郭の説明板があった。
ここで名古屋から来られた男性と出あってしばし立ち話。
その方は庭球場沿いに真っすぐ行かれたが、
私は高校の南側をグルッと回ってみることにした。
  
 ちょっと正規のルートから外れてキョロキョロしながら、
「小田原城八幡山古郭」の看板の所へ着くと
ご年配の男性とバッタリ出あった。
お城が好きだそうで、今日は総構を歩くために、
新幹線で名古屋から いらっしゃったとのこと。
思わず、「わぁーすごい!」と叫んでしまった。

たまたま2枚持っていたネットからプリントした
「小田原城総構を歩こう」を差し上げたところ、
お礼にと、やはり2枚お持ちだった総構図のプリントをいただいた。
“同好の士”との語らいは、とても楽しかったけれど、
貴重なお時間をいただいては申し訳ないので、ここでお別れした。




説明板の各部をアップで ご覧いただこう。






【左】この剥がれ方はケヤキ、最近やっと分かるようになった。けっこう大きいな~ 
【右上】高校の南側道路に沿って行く。

【右下】向こう側に、2回めで歩いた三ノ丸新堀土塁のある高台が見えた。
手前の低い所には相洋高校と中学がある。



上の右下の写真と同じ辺りから街方向を見ると、
右はじの真ん中に小田原城天守閣が見えた。
手前の 木がこんもり茂っている所が大久保神社のようだ。行ってみよう。



大久保神社は決して大きくはないけれど、素朴で好ましい感じだった。



再び、来た道を戻って、小田原高校の西門の前を通り過ぎ北の方角へ。
この西門から北方向には現存はしていないが、空堀や土塁があったらしい。




さっき男性の方と立ち話をした所を真っすぐ進んでくると すぐなんだけど、
遠回りや寄り道をしたので けっこう時間がかかった。
奥に見えるのが陸上競技場のようだが、井上康文の文学碑の方に進んでみる。

すると、「毒榎平(どくえだいら)」の石柱が立っていた。へぇ~ここがそうなんだー!
来たかった場所の一つなので、テンションが上がった。

石柱には下記の説明が記されていた。文中の「巨大な土塁と空堀」とは
「小峯御鐘ノ台大堀切」のことだろう。

【この地の西端に残る巨大な土塁と空堀は、小田原城の三の丸外郭の遺構で
小田原北条氏時代後期に築造されたものである。この遺構は豊臣秀吉の
小田原攻めに備えた大外郭成立以前の小田原城の最西端に当たる重要な場所であった。
毒榎は植物の油桐のことであるが、ここで栽培されたという記録は、残されていない。】


少し進んで左の柵の中に入ると、
「毒榎平・八幡山周辺の原始・古代の遺跡」の看板が
街の方を向いて立てられていた。石器や土器も見つかっているとはビックリ!





反対側の奥には大きな慰霊塔。この辺が城山公園らしい。
左奥にベンチがあったので、ここでランチにした。人影もなく静かで落ち着くなぁ

公園を少し右(西方向)に行くと、2回めで歩いた小峯御鐘ノ台大堀切の東掘の
土塁にぶつかった。この写真の土塁の右が空堀。



この看板は2回めの時に掲載した。
ということで、ここまでは復習、今日の本題はこれからだ。




陸上競技場を下に見ながら歩いて行くと、途中でやや左に“あの建物”が見えた!
そして右はじには関東学院大の校舎も見えたので、およその位置関係がつかめた。




陸上競技場の北部が目的の「稲荷森」だ。
「小田原城総構を歩こう」のイラスト地図には、
【道から少し北へ入ると、総構の空堀が竹林の中に幻想的に残されている】
と記されているので、どんな風景なのか、とても楽しみだった。
入る所が分かるだろうか?と地図を見ながら進んで行くと・・・・



ちゃんと案内があった。でも、うす暗い穴のよう。えーっ、ここ入るの??

進んで行くとハッキリした道になった。史跡だから訪問者も多いのかも。



突き当たった先に、この説明板と竹の柵があった。




トップに掲載した写真は突き当たった左方向、この写真は反対側の右方向。




暗い竹林を出ると、ホッとひと息。道脇には可愛い春の花たちが咲いていた。






そして、その先に こんな出あいが!思わず目が☆になった(笑)
説明板で、ここが1回めで歩いた時の看板にあった「山ノ神堀切」と分かった。





この素晴らしき地形に感激!




下りてきた方(右上から下りてきた)を振り返った。
これは土塁(右)、堀底、掻上げ(左)ではないだろうか。
思いがけない今日の見どころの一つになった。




駅に戻る道すがら、ついあんな高台を見ると もしかして土塁かな?
と思うようになってしまった(笑)




実は3回めの訪問の前に、
「小田原まちあるき指南帖」という本があり、
その6巻で総構を取り上げているとネット検索で知った。
小田原限定販売で駅周辺の書店にあるとのことだったので、
帰りに駅の三省堂か有隣堂で買おうと思っていた。
ところが2件とも置いていなかった。
すぐ、手に入ると思っていたので、これにはガッカリした。

帰宅後、「小田原城街歩きガイド」の管理人の方にメールで問い合わせたところ、
『小田原駅周辺の書店、平井書店、伊勢治書店で取り扱っております。
 また、清閑亭でもお求め出来ます。 書店の場合、在庫切れすることがあります。
 清閑亭なら確実に購入できます。』
との丁寧なお返事をいただいた。

ちなみにこの方は、「小田原まちあるき指南帖6巻」を書かれ、
また、ブラタモリ小田原の原案を練られたそうだ。
次回訪問の際には ぜひ購入したいと思っている。





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