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懐かしい写真と文章

  • Posted by: はっぴー
  • 2011-06-29 Wed 12:23:00
  • もの想い
白馬大池 - コピー (2)




これは二十代半ばの写真。
白馬大池で、そのころ流行っていたCMの真似をしてみせたあと
メンバーの一人がパチリと写したもの。
こんな格好をしてるけれど、決してイロッペー?写真ではないのである(笑)

“鬼も十八 番茶も出花”からは少々?とうが立っているが、
私にとっては、とても懐かしい大事な写真だ。
あれから〇十年、容姿は大きく変貌を遂げたけれど(笑)
山への考え方の根幹は、今も昔と変わらないな~と思う。

確か、この写真より前だったから23歳ころだと思う。
社内報の夏の特集で原稿を依頼され、山について書いたことがあった。
それが下記の文章。

今、読み返すと、未熟な部分やズレ、思いこみ、オーバーな表現、
さらに、肩ひじ張った断定的な表現も多くて、恥ずかしさが先に立つけれど、
変わらないコアの部分は、これからも自分の“こだわり”として、
大事にしたいなぁと思っている。

・・・ああ、今年は高いところもいいかな




      山には二通りの登り方があると思う。
     一つは自分の限界を試すといった挑戦的な登り方、
     もう一つは自然と一体となり山に溶け込むといった登り方。
     どちらが良いとか悪いとかはいえない。個々の好きずきである。

      私の場合、学生時代にクラブで、パーティを組んで山に入った時には、
     どうしても前者になりがちだった。
     パーティを組むということは、他のメンバーと共有の時を持ち、
     共有の体験をするということである。
     つまり、一つの共同体を構成することであり、
     そこにおいて脱落者は許されない。
     各々が自分の果たす役割を自覚し、責任を持ってエキスパートたらなければ、
      たちまちパーティの和は崩れ、惨めでつまらない山行になってしまう。

      クラブをやめた時、私はこのような貴重 且つ厳しい山行から解放され、
     自分自身の山行ができるようになった。と同時に、規制の伴わない自由が、
     いかに無意味で味気ないものかも思い知らされた。

      しかし、冬のカラッと晴れた日に青空の下で、浅く積もった雪を踏み、
     その下の土を確かめるようにして歩く時、
     谷川の音を聴きながら、何を考えるでもなく じっと水辺に腰をおろしている時、
     若葉の炎に燃えている5月の山を目の前にした時、
     あるいは岩陰にひっそりと咲いている高山植物に出会った時、
     パーティを組もうが単独で接しようが、
     山の素晴らしさは少しも変わらない。
     結局、小さな人間の心の問題でしかないのだろう。

      クラブでの山、フリーの個人山行、そして社会人になってからの山。
     たとえ形は変わっても山はいつの時も、私の生命のみそぎの場所であり続けるだろう。

      いよいよ夏山シーズンの訪れである。この時期になると、初めて登った山、
     白馬の霧に濡れたお花畑が思い出される。
     今年もまた、可憐に咲き乱れる花々を追って、山旅をしてみたい。
   











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Comments: 8

M-K URL 2011-06-29 Wed 15:48:06

おおっ! 汚れを知らぬ愛らしい文学少女が・・・・。

人間生きるために費やす必要な時間があり、また余暇を楽しむ時間があり・・。
余暇をいかに過ごすかが、その人の最高に楽しみな時間であるだろう。
年代によって志向も変化するのは当然だ。 乙女の時代、親としての時代、
そしてそれらからも開放された年代・・。
高山に挑戦する年代、低山ピクニックに幸せを感じる年代・・といろいろ変化
していくのも面白い。
私は北岳を周回するコースを始めて歩いた時、あの高山植物の咲き乱れる光景を
目にし、正に「ここに天上の楽園あり・・」と歓喜し、俺は生涯山を愛し続ける
だろう・・と思ったのでした。

はっぴー URL 2011-06-29 Wed 18:58:46

M-K さん

やらなければならない悪沢の前に、こんな駄文をUPして
誠に申し訳ありません m(_ _)m

山のキャリアは人それぞれですね~
M-K さんとご一緒していますと、生意気ですが、
多くのご経験による知識とカン?が はしばしに伺えます。

残り少なくなった体力と自由時間は、自分のわがままに使いたいな~
と思っています。
一昨年は東北のブナに魅かれて、一人山旅を2回しましたが
去年は行かれず・・・(泣) 

でも、今年は、学生時代からの友人が仕事を縮小したので、
遠出は無理としても、もしかしたら夏は丹沢以外も行かれるかな~と、
チョッコッと期待しているのです (^-^)

・・・私は北岳の気品ある山容が好きです。
高山植物の咲き乱れる光景は目にしましたが、
残念ながら、キタダケソウはまだ見たことがありません。

まとまらないコメントですが、ご容赦ください。

den URL 2011-06-29 Wed 22:01:24

はじめまして。
まーちゃんに北尾根辺りの鉄塔の地図に詳しいブログということで、ご紹介してもらい、時々拝見させていただいておりました。また先日は明神峠から世附へ降りようと思って不老山に行ったのですが通行禁止でした。世附川の記事を拝見して、なるほどこれじゃ不通だわ~と納得しましたが、今回は”山は私の生命のみそぎの場所”という言葉で思ったところがあり、コメントさせていただきます。

それは、最近八ヶ岳に行こうと計画を立てようと検討しているところですが、山と渓谷社の、津野祐次著「八ガ岳・北八ガ岳」(2002年初版)にある言葉です。

『足の運びに注意を払わなくてもよい道は、心の中の会話が活発になる。ひとりで歩く時はなおさらである。喧騒の日常と離れ、自然の中にたっぷりと身を置き、森のイオンを全身で受ける。登山の目的は多様化したけれど、登山の真の至福とは何か・・・。 (略) 山では何が起こるかわからないし、人知ではとうてい支配のおよばないのも山の自然。しかし、いったん山に入ったらからには、いかなる事態が起ころうとも、ありったけの知恵と汗を絞って事態に対処しなければならない。登山とはそういうものであり、だからこそ心の中の対話を活発にすることが大切になるではないだろうか。登山者自身の知恵と肉体に100%依存する行為こそ、とりもなおさず登山の至福のひとつなのだと私は思う。』

こういうガイドブックには珍しいフレーズだったので、残っていたんですが、はっぴーさんの記事には共通するものがあるなあと関心いたしました。

はっぴー URL 2011-06-30 Thu 16:43:30

den さん

初コメント、ありがとうございます。
私も時々、まーちゃんのブログに書きこまれていらっしゃるコメントを、拝見していました。

私の記事は、男性の方々のきちんとした内容とは かけ離れており、
全くイイカゲン、見たことを自分の感じたままに書きつづっています。

今回の若いころの文章のタイトルは正に、”山は生命のみそぎの場所”でしたが、
あまりに恥ずかしいのでカットいたしました(笑)

ちなみに、この言葉はパクリで(笑)「さすらいの歌」という中の2番です。
【 山は生命のみそぎの場所よ  下は はるばる山幾重 】

この文章の趣旨を ご理解していただけて嬉しいです。
山をめぐり遊ぶのは楽しいものですが、自然は時に予想もしない牙をむきます。
その時、自分の判断力、決断力、そして行動力、すべてで対処しなければなりません。
いえ、単独行の場合、そんなことがなくても、常にそういうものが必要ですね。
私が山で学んだのは、そういうことです。

津野祐次さんの言葉、ありがとうございます!
不勉強で知りませんでしたが、山岳写真家なのですね。
この本、アマゾンに中古でありましたので、さっそく注文しました。楽しみです!

話がそれますが、先日、「賀来家のファミリー登山」の掲示板で
山口耀久著「北八ッ彷徨」という本が紹介されていましたので、購入しました。
まだホンの一部しか読んでいませんが、今年は北八ッに縁があるかもしれません。

実は、こんなに、コメントを返すのが遅くなってしまったのは、
地図読み講習会を主催していらした平塚晶人さんが、何年か前に
「山渓」か「岳人」(どちらか不明です)に書かれた、「自立した登山者へのパスポート」という
エッセイのコピーを探していたからです。
やっと見つかりましたので、後ほど「もの想い」にUPしようと思っています。
ご一読いただければ嬉しいです。

den URL 2011-06-30 Thu 22:45:42

早速返信いただいた様でありがとうございます。
さすらいの歌をgoogleって見ると、北原白秋とロックンロールと二つ候補があるみたいですね。
山の本もエッセイとかも読むというのは、はっぴーさんが昔から山が好きな人って言うのもよく伝わります。私は、会社に入った頃に先輩によくつれてってもらっただけで、ついていくだけ。記録も余りありませんでした。数合わせみたいに行ってただけでした。
でもその時のいろいろな経験によって、自分なりにいろいろと歩けています。歩いている途中にいろいろと考えながら・・・(笑)。単独行が多いですが、歩いていることが仲間の知るところになって、その仲間達とも時々歩きます。
07年12月から毎週末日帰りウォーカーを続けていますので、それを続けることがわがままなこだわりです。

しかし歩くだけじゃなくて、楽しくいろんな山にチャレンジしたいなというのも最近の芽生えでして、他の人が”楽しんだ”と紹介されている山へも行ってみたいと思っています。田部井淳子さんがNHKの番組で、立山から薬師岳、槍ヶ岳そして穂高連峰ジャンダルムと歩いたルートは憧れですね。そんなに休めないですが。
また記事楽しみにしています

はっぴー URL 2011-07-01 Fri 13:02:21

den さん

「さすらいの歌」って、いろいろあるのですね。
私の山の歌集にあるのは、下記の詩です。

1.今日は 野 越え 明日 山越えて 行方 定めぬ 我が旅路
2.山は生命の みそぎの場所よ  下は はるばる 山幾重
3.夏は真昼の お山の谷に しばし いこえば 百合が咲く
4.咲いた花なら つまみもできず 涙ながらに 西 東
5.冬の山 見りゃ 心がはずむ こちの出湯の 里 恋し
6.明日は吹雪か 北風 夜風 雪に やけたる 身にしみる
7.守れ 権現 我らが旅を 明日の旅路が 気にかかる

昔、テントの中で夜はコンパ、ジンや安いウイスキーを飲みながら
歌いました。

一緒に歩く仲間の方がいらっしゃって、いいですね!
単独もグループも、どちらもメリットとデメリットがありますけど、
一人だと、ずっと続けることがだんだん難しくなってくるかな、と思います。

“憧れの山”、“行きたい山”があるのは、いいですね。
私は数年前、“沢旅&たき火”に憧れ、沢登りの教室に入りました。
今は丹沢のVルート歩きをしていますが、赤石沢なんか行かれたら最高かな~
時間、体力、技術力があればですが・・・
あと、雲ノ平も行ってみたいです。
den さんの年代と違って、こういうの、体力と時間との勝負かもしれません。
いつも、“今が一番若いんだ!”って、思っています(笑)

また、ぜひ、遊びにいらしてくださいね。

den URL 2011-07-22 Fri 23:56:36

はっぴーさん
山の歌、さすらいの歌が、http://homepage2.nifty.com/timta/utauta.htm で紹介されていますね。
はっぴーさんが記している歌詞と同じです。
Yuotubeで、北原白秋の歌詞で森繁などなどが歌ってるのを見つけましたが、これは違うかな?
メンデルスゾーン男声合唱曲「6つの歌曲」より「さすらいの歌(Wanderlied)」なんてのも、ニコニコ動画にありました。

どういう歌なんでしょう・・・?

はっぴー URL 2011-07-23 Sat 11:29:20

den さん

教えていただいたH.Pを拝見しました。
ホント、歌詞が同じでした~!ビックリ。

手持ちの歌集は、クラブの新2年生たちが ガリ版刷りで作って
新入生に、確か100円で購入させていたものです。
掲載していた歌は、きっと、どこかから拝借してきたのではないでしょうか。

森繁さんが歌っているのは、違いましたね。

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