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2016年02月 Archive

安曇野のヤマガラとニホンザル

 
 
2月23日

今日はホテル周辺の自然探索をすることにした。
のんびり、ふらふら、じっくり 歩き回って出あった
ヤマガラとサルの可愛いこと。
ヘタな写真で伝わるかなぁ



ヤマガラの可愛いしぐさと つぶらな瞳に癒された♪ 










ヤマアジサイのドライフラワー。



でも、春の気配も。



ホテルではリスのごはんにオニグルミの実を用意している。サルには上手に割れない。




この辺に住むサルは穏やか?とか。たぶんエサが豊富なのかもしれない。

















安曇野でスノーシューを楽しむ♪ のつもりが・・・雪がなかった

 
 

結局、こんな眺望を眺めてきた。鹿島槍ヶ岳(2889m)の双耳峰、イイね。



2月21日~24日

去年の暮れから、スノーシューに行こうと決めていた。
たまにはツァーも楽しいかなと、場所を含めていろいろ探してみた。

でもね~、顔見知りで気心の知れたメンバーなら いざしらず、
初めてのメンバーでの集団行動は、楽しめる自信がチョットなかった。
まぁ、何を楽しいかというのは個人差があるけどね・・・

さらに、一番不安なトイレのことなども考えてしまうと、
やっぱりツァーは気が重い、止めようということになって、
結局、“自由気まま”を選んだ。

ということで、いつも利用している「終日自由行動」の旅で
新穂高温泉に行くことにした。
たぶん ここなら、ホテルの周りに雪があり、
自由にスノーシューができるだろうと期待してのことだった。

ところが。
着いてみると、2月だというのに土が見えている。
えっー!? こんなはずじゃあ!!
せっかく かさ張るの一式持ってきたのにガッカリした。

でも、ここは ねばろう。
ホテルのフロントで、どこまで行けば雪があるかと聞いた。
いろいろ問い合わせてくれた結果、
どうやら「信濃大町」の先の「簗場(やなば)」にある鹿島槍スキー場なら
スノーシューができるらしい。

もっちろん 翌22日、勇んで簗場へ向かった。 

【鹿島槍スキー場】の説明はこちら ↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%B3%B6%E6%A7%8D%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E5%A0%B4



大糸線簗場駅で下車したのは私だけ。周りにはお店など一軒もなかったけれど、
駅舎のすぐ横に綺麗なトイレだけはあって嬉しかった。




穂高駅付近では少なかった雪が、信濃大町駅を過ぎると多くなり、
ここ簗場では目的のスノーシューがチャンと できそうだった。

ちょうど歩き出そうとしたところに、折よく どこからか中年の女性が現れたので、
スキー場への道を聞いてみた。
すると、線路の向こう側で用事を済ませたので
これからスキー場そばの自宅に戻るとのこと、
途中まで同行させていただけることになった。

「雪が多いですね」と話しかけると、
「今年は少ないんです。去年は2メートル以上あったんですよ」とのお話。
雪との付き合いは半年も続くそうで、「毎年、同じでいやになるわ」

数日だけ訪れる旅行者には分からない、地元の方のお言葉に ちょっとズシン。
そういえば母も豪雪地帯の出身で、雪がいやで東京に出てきたと言っていたっけ。



スキー場まで歩きながら、「正面の山を越えると絶景ですよ」と教えてくれた。
(このアングル、話に夢中で写真を撮り損ねたので、帰りに振り返って撮影した)




集落に入ると「塩の道」の案内板があった。歩いたコースとは違うけれど、親近感~♪




リフト乗り場の少し手前で、お礼を言ってわかれた。

ああ、スキー場なんて何十年ぶりだろ!!
独身のころ、野沢温泉や蔵王、上州武尊、湯沢なんかに行ったことがあったっけ。

今、ゲレンデはほとんどスノボーの若者たちで、たま~に元若者のスキーヤー、
もちろんスノーシューなんてもの好きは私だけね(笑)

リフトは、1回券が500円だった。
下りもチケットが必要かと思っていたら下りはタダ。これにはビックリポン!
考えてみれば、下って楽しむ遊びなんだから、
リフト乗るなんて有り得ないんだわ。
高尾山みたいな観光地の感覚で考えてはイケナイのだ。



で、リフトで急斜面を登り終えると、目の前にこの豪勢な景色が現れた♪
右が鹿島槍で、左が爺ヶ岳(2670m)。ここから下りた所が「鹿島槍黒沢高原」かな?




スキー場は右手の奥へと続いているらしいが、
登ってもリフトでは下れないコースがあるそうなので、
黒沢高原をウロウロしてみよう。



ホテルでもらったウェルカムドリンクのりんごジュースと、
自家製りんごのお菓子が今日のおやつ。
サングラスは急きょ入手のユニクロだけど、レンズが明るいので
目が疲れなかった。


MSRはサクサク登れて快適、いい仕事してくれた♪



斜面を登って小尾根を進んで行くと、離れて小屋が2軒あった。
奥の方のは崖っぷちに建っていて、邪魔するものが一切なく、
鹿島槍と爺ヶ岳が眼前に広がり、何とも贅沢なロケーション♪
表札には「立教山荘」とあった。
しばし絶景を独り占めして満喫した。
左に回ってみると小尾根が下って続いていた。下が黒沢のようだ。



アップで撮ると、迫力もアップ。登れないし、登りたいとも思わないけれど美しい。





大糸線は本数が少なく不便だ。
特に信濃大町から先、白馬方面は更に本数が限られる。
ホテルの迎えのバスとの連絡も考えると、
残念だけど そろそろ引き上げなければならない。



帰りのリフトから中綱湖を眺めて、来る時、気づかずに通り過ぎてしまった謎が解けた。




水面だとばかり思い込んでいたが実際は凍っていた(そりゃ そうだよね)
話に夢中になっていたこともあり、雪原と勘違いして通過したのだった。
帰宅後、調べてみたら氷厚が20cmを越すと、氷に穴をあけてわかさぎ釣りが
解禁になるそうだ。




簗場駅に着いてコーヒーで ひと息ついていると、ご夫婦がやってきた。
男性は上でスキーを やられていた方だった気がする。
お二人とも明るくて同じくらいの年代なので、あれこれ話が弾んだ。
山梨にお住まいで、奥様は百名山を踏破されたとか。

てっきり同じ電車に乗るものと思い込んでいたら、
今日は 簗場泊まりで(・・・そういえば荷物がないわ)
若いころ来たことのある 思い出深い簗場駅まで来てみたのだそう。
しきりに懐かしんでおられた。
「見送ってあげますよ」と言われ恐縮したが、
電車の来る直前まで おしゃべりを楽しんだのだった(完)


※ 追記

実は、旅行に行く前、図書館でウロウロしていたら
偶然「安曇野」というタイトルの本が目に留まった。
「丸山健二 エッセイ集成・第一巻」で1992年の発行だった。

パラパラと中を見ると、細かい文字が二段でビッシリ。
これは、最近、小さな字に拒絶反応をおこしつつある私には
ハードルが高い気がしたけど、
まさに、これから行く辺りのことが書かれているので
気持ち そそられ借りてきた。

この人の小説は読んだことがない。
だが、このエッセイはとても面白く、はだに合った。
なにより文章がうまいなぁと思う。
眠る前に読むので、まだ半分以上も残っているが、
完読した暁には、次なる一冊を借りようと決めている。






小田原城総構(そうがまえ)を歩きたくて♪ -その3ー

 
 
※ 3月2日 つづきの記事を掲載しました。

 

今回の目的はここ、総構の稲荷森。空堀の様子がよく残っていた。



2月17日
3回めの小田原訪問へ。

小田原駅西口に「箱根ベーカリー」というパン屋さんがある。
ここのクロワッサンとシナモンロールが、パリパッリでとても美味しいので、
毎回、来るたびに つい買ってしまう。
これも小田原訪問の楽しみの一つというわけで、
もちろん今日も、ランチの時間が とても待ち遠しい(笑)


城山中学校入り口の信号で足柄街道を渡ると、
すぐゆるい坂道が直角に登っていて、
入り口に「八幡曲輪(はちまんくるわ)」の石柱が立っている。
その説明文を読んでいると、
単独の男性やご夫婦連れの観光客らしき方々が、
先を急いで登って行かれた。右側は城山中学校だ。



【右上】途中から何の気なしにチョット横道に入ってみると土塁の跡っぽいのがあった。
もしかして、この辺は空堀だったかも。突き当たりが八幡山古郭(小田原高校)のようだ。

【右下】上の写真の道を まっすぐ進んで突き当たると、左側には土が見えた。
ここは石壁沿いに右(手前)へ。



イソヒヨドリのオスがいた。25センチくらいあるので、かなり大きい鳥で

城山庭球場の斜面に下りたり、電線にとまったりしていた。右はじに小田原の街が見える。



庭球場の向かい側が小田原高校で、八幡山古郭の説明板があった。
ここで名古屋から来られた男性と出あってしばし立ち話。
その方は庭球場沿いに真っすぐ行かれたが、
私は高校の南側をグルッと回ってみることにした。
  
 ちょっと正規のルートから外れてキョロキョロしながら、
「小田原城八幡山古郭」の看板の所へ着くと
ご年配の男性とバッタリ出あった。
お城が好きだそうで、今日は総構を歩くために、
新幹線で名古屋から いらっしゃったとのこと。
思わず、「わぁーすごい!」と叫んでしまった。

たまたま2枚持っていたネットからプリントした
「小田原城総構を歩こう」を差し上げたところ、
お礼にと、やはり2枚お持ちだった総構図のプリントをいただいた。
“同好の士”との語らいは、とても楽しかったけれど、
貴重なお時間をいただいては申し訳ないので、ここでお別れした。




説明板の各部をアップで ご覧いただこう。






【左】この剥がれ方はケヤキ、最近やっと分かるようになった。けっこう大きいな~ 
【右上】高校の南側道路に沿って行く。

【右下】向こう側に、2回めで歩いた三ノ丸新堀土塁のある高台が見えた。
手前の低い所には相洋高校と中学がある。



上の右下の写真と同じ辺りから街方向を見ると、
右はじの真ん中に小田原城天守閣が見えた。
手前の 木がこんもり茂っている所が大久保神社のようだ。行ってみよう。



大久保神社は決して大きくはないけれど、素朴で好ましい感じだった。



再び、来た道を戻って、小田原高校の西門の前を通り過ぎ北の方角へ。
この西門から北方向には現存はしていないが、空堀や土塁があったらしい。




さっき男性の方と立ち話をした所を真っすぐ進んでくると すぐなんだけど、
遠回りや寄り道をしたので けっこう時間がかかった。
奥に見えるのが陸上競技場のようだが、井上康文の文学碑の方に進んでみる。

すると、「毒榎平(どくえだいら)」の石柱が立っていた。へぇ~ここがそうなんだー!
来たかった場所の一つなので、テンションが上がった。

石柱には下記の説明が記されていた。文中の「巨大な土塁と空堀」とは
「小峯御鐘ノ台大堀切」のことだろう。

【この地の西端に残る巨大な土塁と空堀は、小田原城の三の丸外郭の遺構で
小田原北条氏時代後期に築造されたものである。この遺構は豊臣秀吉の
小田原攻めに備えた大外郭成立以前の小田原城の最西端に当たる重要な場所であった。
毒榎は植物の油桐のことであるが、ここで栽培されたという記録は、残されていない。】


少し進んで左の柵の中に入ると、
「毒榎平・八幡山周辺の原始・古代の遺跡」の看板が
街の方を向いて立てられていた。石器や土器も見つかっているとはビックリ!





反対側の奥には大きな慰霊塔。この辺が城山公園らしい。
左奥にベンチがあったので、ここでランチにした。人影もなく静かで落ち着くなぁ

公園を少し右(西方向)に行くと、2回めで歩いた小峯御鐘ノ台大堀切の東掘の
土塁にぶつかった。この写真の土塁の右が空堀。



この看板は2回めの時に掲載した。
ということで、ここまでは復習、今日の本題はこれからだ。




陸上競技場を下に見ながら歩いて行くと、途中でやや左に“あの建物”が見えた!
そして右はじには関東学院大の校舎も見えたので、およその位置関係がつかめた。




陸上競技場の北部が目的の「稲荷森」だ。
「小田原城総構を歩こう」のイラスト地図には、
【道から少し北へ入ると、総構の空堀が竹林の中に幻想的に残されている】
と記されているので、どんな風景なのか、とても楽しみだった。
入る所が分かるだろうか?と地図を見ながら進んで行くと・・・・



ちゃんと案内があった。でも、うす暗い穴のよう。えーっ、ここ入るの??

進んで行くとハッキリした道になった。史跡だから訪問者も多いのかも。



突き当たった先に、この説明板と竹の柵があった。




トップに掲載した写真は突き当たった左方向、この写真は反対側の右方向。




暗い竹林を出ると、ホッとひと息。道脇には可愛い春の花たちが咲いていた。






そして、その先に こんな出あいが!思わず目が☆になった(笑)
説明板で、ここが1回めで歩いた時の看板にあった「山ノ神堀切」と分かった。





この素晴らしき地形に感激!




下りてきた方(右上から下りてきた)を振り返った。
これは土塁(右)、堀底、掻上げ(左)ではないだろうか。
思いがけない今日の見どころの一つになった。




駅に戻る道すがら、ついあんな高台を見ると もしかして土塁かな?
と思うようになってしまった(笑)




実は3回めの訪問の前に、
「小田原まちあるき指南帖」という本があり、
その6巻で総構を取り上げているとネット検索で知った。
小田原限定販売で駅周辺の書店にあるとのことだったので、
帰りに駅の三省堂か有隣堂で買おうと思っていた。
ところが2件とも置いていなかった。
すぐ、手に入ると思っていたので、これにはガッカリした。

帰宅後、「小田原城街歩きガイド」の管理人の方にメールで問い合わせたところ、
『小田原駅周辺の書店、平井書店、伊勢治書店で取り扱っております。
 また、清閑亭でもお求め出来ます。 書店の場合、在庫切れすることがあります。
 清閑亭なら確実に購入できます。』
との丁寧なお返事をいただいた。

ちなみにこの方は、「小田原まちあるき指南帖6巻」を書かれ、
また、ブラタモリ小田原の原案を練られたそうだ。
次回訪問の際には ぜひ購入したいと思っている。





鍋割山北側の巨木探索は青空から吹雪に!






タイトルどおりの写真2枚。上は鍋割山北側を下る途中から。
下は塔ノ岳西尾根から塔の山頂に着いて振り返って撮影。



2月7日

トンチンカンでの山遊びは久しぶりだった。
本当なら、昨年の11月の紅葉狩りのはずだったのに、
私の予期せぬケガ(あばら骨のヒビ)により、
3ヶ月もゴブサタとなった。

今回はレガーさんの情報で、
鍋割山北側にありそうだという魅力的なカエデの探索に、
イガイガさんにも加わっていただいての雪中山行となった。

およそ20キロ、10時間というロングコースだったが、
ダブルストックと、スノーハイクのために新調した「岩礁」のおかげで
1月16日以来の丹沢の登りを何とか歩くことができて、ほ~っ!

でも、まだ2回しか使っていない「スーパーカンジキ」を
帰りの鍋割山からの下りで落としてしまったガックリのせいで、
記憶に残る山遊びとなったのだった。ヤレヤレ。



【 本日のコース 】

鍋割山北尾根



スタートは寄大橋から久々のウシロ沢で。ずいぶん整備されて歩きやすいけれど
スリル=面白さも減った気がする。あっという間に尾根に乗った。

左側の崩れが進行している。



鍋割山の南側と北側からの写真。左の3枚はズズーッとズームで。




この辺からが今日の本番。広く開放的なブナ林で探索開始!




雪が付くと丹沢も高山の趣が。




目的の樹ではないけれど、なかなかの太さを2本発見。




山なみと斜面のライン、そして雪のカンバスに木の影が気に入った。




雪遊びを楽しみながら




見通しの良い尾根をキョロキョロ探しながら下る。




ミズナラの巨木を計測してみたり(幹周りは3m70cmだった)




標高970mで右に入った尾根に見切りをつけて、北の尾根にトラバースしながら




結局、目的のものと出あわないまま、尊仏ノ土平に着いてしまった。




鍋割沢を横断しながら北側を見ると、蛭ヶ岳の頭がチョコッとのぞいてた。




雪原になった河原を歩く。




塔ノ岳西尾根の登り口でランチ後、帰路の相談。
鍋割山真北尾根は短いけれどトレース期待できず雪が深そう、
ということで、歩きやすかろう塔ノ岳西尾根を選択して、いざ出発!



私は ここ初ルート、こんなに良いブナ林があるとは思っていなかったので嬉しかった♪




登りの途中でドンドン雪雲におおわれて




もさもさと降り出した。歩きやすいとは言っても、雪の高度差650mは けっこうキツイワ。




途中で慰めてくれたのが「雨氷」。初めて見たので感激した(2枚)






ようやく辿り着いた塔ノ岳では吹雪となった。
立ち止まっていると、もさもさ雪が降り積もっていくので、
レインコートを着て すぐに下りに入る。
鍋割山経由で後沢右岸尾根で寄大橋までは まだまだ先が長い。

それでも、8年ぶりくらい?の鍋割山稜は(しかも雪景色の!)
こんなにブナがあったっけ!? っていうくらい
見事なブナが多く見られ、疲れが半減した気がする(笑)



老木でアジのあるブナ。




レガーさんの「アソコから上がってきたんだー」との言葉に思わずパチリ。




雪は少しなら嬉しいけれど、ズーッとだと飽きるなぁ




オマケは、“歩行前”と“歩行後”、後ろ姿に違いが出てる?(笑)




みなさん、ありがとうございました。
リベンジの際には、またよろしくお願いします。









小田原城総構(そうがまえ)を歩きたくて♪ -その2ー




今日の目的地から漏れていた「三の丸新堀土塁」に偶然 立ち寄った。ラッキー♪



2月2日

1月27日に、時間切れで
後ろ髪を引かれながら途中で引き返した山側の半分を
早く歩きたくて しょうがない。

今回の目標は「小峯御鐘ノ台(こみねおかねのだい)大堀切」を観ることと、
前回の軌跡につなげることだ。
現実とのギャップもあるので、地図を見ながら、どう歩こうかと思案し
再度 小田原へ向かった。



今回も不本意な軌跡となった。
小田原その2軌跡


 

いろいろ考えた結果、小田原駅西口から南南西に向かい
総構に乗ることにした。
JR東海道新幹線と東海道本線をまたいで、
小田原城址公園沿いに進んで行く。
今日は前回ほどお天気は良くないけれど、
どんな展開が待っているのかワクワクしてしまう♪



天守閣は4月下旬まで、耐震改修工事と展示リニューアルのため休館中だそう。

左:途中で見えた白い建物の奥が「八幡山古郭・東曲輪」のようだ。今度行ってみよう。
右:トンネルを出て道路を渡った(振り返って撮影)



道なりに ゆるい坂を上って行くと、右手に土塁らしきものが見えた。

へえ~、「小田原城跡 三の丸外郭新堀土塁 歴史公園」って、この奥かな?
ずいぶん地味な看板だ。



奥には、トップの写真の景色。右側にあった看板の所でパチリ。
なるほど遠方の景色は全く同じだね~当然だけど(笑)




「まちあるきの考古学」さんの下記記述と、
現地にあった説明文をあわせると、そうだったのか!
と合点ガッテン。
ちなみに総構のことを「大外郭」ともいうようだ。

【 駿河国大森荘(現 静岡県駿東郡)から進出した大森氏が、
小田原の地に城を築いたのが康正年間(1455頃)とされます。
明応四年(1495)、伊豆から出た北条早雲が大森氏から城を奪い、
やがて関東一円に覇を唱える戦国大名北条氏の城下町として
政治、文化の中心となります。

早雲が奪取した当時の小田原城は、現在天守閣のある場所よりずっと山側で、
八幡山とよばれる現小田原高校の辺りに本丸があり、
規模も小さくJR東海道線まで範囲の小さな規模だったといいます。】



もう一度トップと同じ位置から撮った三の丸跡。



上の位置から正面に歩いて振り返った写真。さっきは右の土塁上に立っていた。

さらに先に進むと、ゆるやかな下り坂に。もしかして空堀かな?(振り返って撮影)



さっきの説明板には、この航空写真もあった。左上部が目ざす「小峯御鐘ノ台大堀切」だ。




歴史公園の看板のあった入口まで戻ると、前方に こんもりした林があった。あれかな?

ハヤル気持ちを抑えて、久しぶりにパチリ。ミラーが汚れていてちょうど良かった(笑)



突き当たった所が、「小峯御鐘ノ台大堀切東掘」の入り口だった。

そのやや手前の所に説明板があった。



それぞれ拡大すると(4枚)










ちょっと分かりにくい図だけど、まぁ行ける範囲で探してみよう。と、まずは東掘へ。

ここはよく歩かれているようだ。写真も多く載っている(振り返って撮影)



おっ!右手の斜面に けっこうな大木が現れてビックリ。タブノキかな?




もう一本、これも立派だ。やっぱりタブノキ?




終わりが見えてきた。先方に階段がある。

階段から道路に上がって振り返って見た所。左側は城山公園になっているらしい。



こちら側にも、説明板が少し離れて二ヵ所に立っていた。これにて東堀は終わり、




この後、中堀を通って東堀の入り口に戻ることにした。途中に、こんな説明板があった。

ここにニワトリが放してあったのでビックリした。



説明板の奥は小広くなっていて先は斜面、下に屋根が見えた。
右に踏み跡が続いているのを確認して戻った。

説明板の向かいは蓮船寺。車道沿いに東掘りの入り口に戻って、次は西堀の探索へ。



ところがチョット勘違いをしていてウロウロ苦戦、今日はここを楽しむこととなった(汗)
小田原厚木道路から真鶴半島が見えた。

左:城南中の脇の石段に見当をつけて登って行くと  右中:明らかに土塁になっていた。
右下:さらに上に行こうと思ったのだけど、密ヤブで諦めバック~地図と相談。



さっきの中堀の奥に続く踏み跡を辿ってみることにした。
グルッとまわって戻り、先に続く心細い踏み跡を辿って行くと

城南中の裏手からグラウンドに出た。この木々の奥に中堀から続く良い道が通っていた。



今日 出あった花は河津桜とヤブツバキ。どちらもピンクが春らしい♪

道なりに歩いて行くと石柱があり、



その前が西堀跡で看板が立っていた。




道はさらに続いていくが、歩きたかったのは この道じゃない。
城南中の裏を通る総構が、この道よりもっと左側にあったはずだ。
そこを歩きたくてウロウロ探したんだけどなぁ。ダメだった。

途中でパッと視界が開けた。ここも土塁と空堀の形状になっている感じ?
あの、円形の建物は何だろう??知りたい!!



大正7年から8年間 暮らした北原白秋は
この付近からの眺めを愛したらしい。確かに気持ちの良い所だ。
そばにカラタチが植えられていたのはデキスギ?


丹沢表尾根をアップで。箱根方面には雲がかかっていたので写真ナシ。



歩いて来た道は小田原厚木道路に合流していた。
標識の立っている奥の道から出てきた(振り返って撮影)。
すでに3時、今日は前回歩いたルートとつなげたいので、ここで引き返すことにした。

推測だけれど、この奥の盛り上がりが歩きたかった総構だった気がする。
今は建設会社の敷地で入れない。



来る時は気づかなかった こんな石積みも道のはじにあった。もしかして年代物?

持参の案内図では、この辺りから総構に乗れるようなふうだったけど、
少し奥で行き止まり。ここも建設会社の敷地らしかった。



3時20分、大山が美しかったのでズームで。




3時32分、西堀跡の看板があった少し西側の舗装路を入った。
時間が押しているので まっすぐ帰るつもりが

もしかして総構につながっていくのでは?と思わせる横道が現れ、誘惑に勝てず
つい入ってしまう(笑)。右手を見るとレンガかブロックのような物が見えたが、先に進む。



最初は良かった道は

だんだん踏み跡になり



ヤブに突き当たった。上方と下方を何度か行ったり来たりして
それらしき跡を探すも、行かれそうもないので諦めた。

戻る途中に、こんな段状があった。



横道に入る前の、元の舗装路の続きを行くと、こんな眺め。
奥が土塁で手前の畑地が空堀だったのかな?

最後に、上から見えた謎の建物確認へ。手前の看板を見て、
てっきり関東学院大学の眼科かと思ったのだが、帰宅後 調べたら関学には眼科はなく、
「佐伯眼科」という病院だった。学生が駐車しないように注意書きかな?



地図を見ながらドンドン行くと、見覚えのある大学の建物が出てきた。
(前回は向こうから来た)でも、この柵に出入り口はなかった。構内に入れるかな~

構内で作業中の男性に、ここを行けば中につながっているか聞いてみた。
行ったことがないので分からないという返事に、まぁ行ってみるしかないわ。



「案ずるより産むが易し」だったね、ホッ!

この辺もハッキリと土塁が残っている。



この位置からの眺めは土塁と空堀に関して、なかなかのものではないかと思った。




ということで、一応 軌跡はつながった(緑が前回、赤が今回)
小田原軌跡1と2



だけど、あとで思い返してみて、残念に思う箇所があったし、
行きたい所も残っている。
それに、ガイドマップやネットであがっている場所ではなく、
ここは そうかもしれないなぁ、な~んて
乏しい知識と経験をもとに、知られていない部分を発見するのが楽しい♪

“自分の小田原散歩”にするには、もう少し小田原通いが続くかなぁ








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