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2012年03月 Archive

春の花を求めて水ノ木沢へ




▲ 春のナメ歩きは本当に気持ちがいいな~(AYさん撮影)



「花コラボ」で水ノ木沢に行った。

何かを探すのは時間がかかるけれど、花に興味アリのメンバーなら心おきなく探せる。
何より“出逢いの喜びを分かち合える”のが嬉しいね。
時期が まだちょっと早過ぎた感はあったけれど、咲き始めの初々しいハナネコノメに逢えた。

実は“思い出の水ノ木沢”なのである。
といっても、歩いたのは2月だったから、登山靴に10本ヅメアイゼンで。

梅ノ木沢支流を下って10m階段状滝の下に出て、最後まで詰め上がらずに途中から
大栂―菰釣山の登山道に上がってしまったので、“一部遡行”なのだった。

今回、林道終点から沢靴で、甲相国境尾根まで詰めたので、
これでチャンと水ノ木沢を遡行したといえるね。

AYさん、shiro さん、ありがとうございました。





水ノ木沢部分1





2012年3月25日 晴れのち曇り 一時みぞれ
メ ン バー: AYさん、shiro さん、はっぴー
コ ー ス : 三ヶ瀬西沢林道の途中にP―ブナ沢乗越―菰釣山―大栂(1204m)
        ―北西尾根下降―862m―水ノ木林道終点で沢仕度―梅ノ木沢出合
        ―ゼン棚沢―甲相国境尾根―菰釣山西隣のピーク―ブナノ丸・菰釣山中間点
        ―大西沢右岸尾根―林道―P地着   (行動時間:およそ8時間40分)
 
        ※ コースは上図参照:地形図が読めコンパスが使えることが最低条件。
          沢装備




今年、1月29日に菰釣山に来た時は、林道歩きでも雪山気分で歩いたのだったけど、
あれから2ヶ月で同じ場所とは思えないくらい春~!って感じになっていた。
雪はまだ残っているけど、地面がかなり見えているし、陽光が柔らかい。
雪景色のような風情はないけれど、断然歩きやすくて、あっけなくブナ沢乗越に着いた。



▼ 林道が一番ひどく崩壊している箇所。林道がえぐられた結果、水の流れが変わってしまった




▼ 春の陽光の中、西沢林道を行く




▼ 甲相国境尾根に出ると自然にウキウキしてくるけど、いつも菰釣山までが長く感じる




▼ 山頂からの富士山は今日は残念!みるみる雲が広がってきた




山頂で休憩。すかさず間食(笑)
なぜか、すぐお腹がすくのでチョコチョコ食べないと力が入らない。
でも、単独で気が張っていたりすると、空腹をあまり感じないので、
お腹がすくということは、余裕があって楽しい状態だと思うのだ。
それにアンヌ隊員もそうらしいので、山の中では(?)女性の方が燃料の持ちが悪い?

「あの辺を詰めてくるのかな」と西側の様子を見ながら話して、いざ大栂めざしてヤブに入る。



▼ スケスケでこの頼りなさげなヤブは、何だか悲しいな




一部、背丈くらいはあるけれど、ほとんど葉がなく棒状だし、
少し密集しているかと思えば胸辺りまでしかない。
特に、途中から大栂までは、もう悲観的状況といっていい。



▼ なんたるスケスケ度だろう、shiro さん 丸見え~!




▼ これが、あの大栂かい!? 久しぶりだけどササがなくなっているのにビックリ!中央奥にシンボルの倒木




ひと休みの後、沢まで どう下るかを確認し、細い尾根に入る。
手入れされていない植林の尾根は、あまり感じが良くない。
P862mに行くには1050mで南向きの尾根に乗らなければならないが、
ここはあっさりクリアーし、最後は苦労なくピッタリ林道終点に下り立った。



▼ ピッタリ林道終点なんて気持ちいいね(AYさん撮影)




ここで沢仕度をして、いよいよ花探索の遡行開始~
両方の壁を丁寧に見て行く。
最初にAYさんがハナネコノメを発見、あるじゃ~ん!!
これでテンションが一気に上がった。



▼ ハナネコノメソウ                        ▼ ヨゴレネコノメソウ




▼ 赤い実?は何だろうか。写真を撮ってから気が付いた   ▼ ユリワサビ




▼ 可憐、けなげのイメージかな。白い小さな花に比べて、大きな赤い杓が何とも可愛い




▼ 両側の岩壁をていねいに見ていくので時間と根気が必要だ




そろそろ花から滝へ。

以下の3つの滝は記憶になかったが、
それもそのはず、梅ノ木沢支流から下り立ったのは、これらの滝の上流だった。
ということで、この間は初めて~



▼ 3m滝は夏なら水流の中を登りたいな




▼ これも3m滝。釜に入れば左側が登れそう? 右岸を小さく巻いたけどチョットいやらしくAYさんのお世話になった




▼ これも釜の深い4m滝で、右岸を小さく巻いた。前の滝よりは巻きやすかったが、やはりAYさんのお世話に




▼ この滝からは記憶にあった。水ノ木沢といえばナメとこの滝!?




▼ 今日は新しいヘルメットなのだけど、前と色が同じだから分からないね(AYさん撮影)




▼ このナメ滝もいいな~♪ ここから暫くナメが続き(トップの写真はこの上)雰囲気を楽しんで歩く




▼ 快適に登れるのが楽しい




▼ 少しツメに近づいてきたかな~




▼ グスッ 途中で地図を落としてしまい、以後、R.Fはお二人にお任せ。地図がないとツマンナイや




▼ 尾根を二回乗っ越して、ヤブに泣かされることなく稜線に上がれそうと喜ぶ。右上に小さなshiro さん




本当は上がったところから真っすぐ向こう側に下りることを目指したのだけど、
最後で少し右(菰釣山寄り)に上がってしまったようだった。
でも、その場では、すぐに現在地が分からなかった。

shiro さんのGPSで検索した位置が正しかったのだが、
左に下る予定の尾根が見えなかったので、最初は菰釣山側に向かってしまった。

一つ西のベンチのあるピークで逆に来たことに気が付き、
来た道を戻って、ブナノ丸と菰釣山の中間から北に延びる大西沢右岸尾根に乗った。



水ノ木沢部分2



▼ これが下る予定の大西沢右岸尾根。最初はヤブっぽいけれど、ササは密ではない




▼ 途中から植林になって、最後は尾根の左に回り込んで林道に下り立った




▼ はい、無事に林道に着陸。朝は奥に進んで行ったのだ




今年の沢始めなので、気持ちも動きも ぎこちなかったけれど、とても楽しかった。
これから沢の季節、好みの沢を楽しく気持ち良く歩きたいな♪


< AYさんとshiro さんの記事もどうぞ >

http://akichanpon.at.webry.info/201203/article_6.html

http://shiro77.cocolog-nifty.com/kumo/2012/03/post-ffe1.html









鍋割山北面の周回を楽しむ




▲ このトンネルを抜けると熊木ダム。味わいのある手彫りが大好きだ




3月19日
友人たちが鍋割山の北側に行くというので、お供をさせていただくことにした。
コースは、オガラ沢尾根コースで鍋割山へ、真北尾根で尊仏ノ土平へ下山の周回。

北面に雪がどのくらいあるか分からないので、足ごしらえを迷いに迷った。
以前、スノーシュー用に買った靴は、数時間で足が痛くなってしまう。
結局、ビブラム底でゴアの幅広ハイキングシューズを一足買った。

スパッツも冬用か?アイゼンは10本か?な~んてアレコレ悩んだけど、
当日、行ってみたら雪はすっかり融けてしまっていて ガクッ!(笑)
一週間前もこの周辺に来たという友人も、あまりの様変わりに驚いていた。

ということで、
ここは普通の靴でOKだったけど、塔や蛭の丹沢主脈には雪がけっこう付いていた。




▼ 春の気配が感じられるが、高い山にはまだ雪が付いている





今日の収穫は、オガラ沢尾根コースにたくさんあったヤドリギ。
名前から寄生植物かなと思っていたのだけど、よく知らなかったので、
今回、実や葉が見られてラッキーだった。

でも、とてもたくさんあったので、木への影響はどうなのかなと気になり、
帰宅後、調べてみた。


「植物の雑学辞典  大場秀章監修 日本実業出版社」に
下記のような分かりやすい説明があった。
 
【 ふつう植物の実や種子は、地面に落ち、そこで芽や根を出す。
  しかしヤドリギの実や宿主の枝や幹の上にとまらなければ発芽しない。
  地面に落ちて幹をよじ登るわけにはいかないのである。

  そこで、どうやって枝の上に落ちるかというと、ヤドリギの実は甘く、鳥の絶好の餌になる。
  食べられた実はやがて消化され、種子だけが排泄される。
  このとき種子は粘性を帯び、鳥の肛門から簡単には落ちない。
  鳥がお尻から糸を引きずりながら飛んでいるうちに、種子は宿主の枝や幹に付着するのである。

  地面に落ちずに無事宿主に付着した種子は、
  宿主の樹皮を破って幹や枝の内部に「寄生根」を伸ばし、維管束付近にまで進入する。
  ヤドリギは葉や茎は緑色なので、ヤドリギ自身も当然光合成を行っているが、
  水や栄養塩類を宿主から得ているので、「半寄生植物」と呼ばれる。】


また、他の方の記述には、
ヤドリギのついた箇所から先が次第に枯れて、木自体が葉量不足・光合成不足で弱ってしまう
とあったので、いずれこの付近の木々は枯れてしまうのかと心配になる。




▼ オガラ沢尾根コースにはヤドリギがいっぱい着生していた▼ ねばねばした糸の先にヤドリギの種子が





▼ 元気いっぱい幸せそうなブナ                  ▼ かわいそうなブナ





平日のせいか鍋割山頂も人が少ない。もちろんいるのは元若者ばかり~(笑)
ベンチでランチ後、真北尾根の下り口を探す。




▼ 鍋割山真北尾根は初めて!ワクワクしながらトップで下らせてもらった





▼ 尾根風景。また新緑のころに来たいな~





▼ 尊仏ノ土平も初めてだった。何ともいえない独特の雰囲気に、しばし立ちすくんでしまった





▼ 平成18年に作られたようだが、もうこの状態に驚いた    ▼ いずれ完全に埋まってしまうのだろうね





▼ いつ見ても、この水の色のグラデーションには感嘆してしまうなぁ。いくら見ていても見飽きない














「みやがせみち」から華厳山西南尾根を下るミニ周回へ




▲ まん中にドデーン!!華厳山西南尾根で出あった大木にはビックリした!見上げる つっちーさんが小さく見える




かなり前にイガイガさんの記事で拝見した「みやがせみちを歩こうと、
つっちーさんと出かけた。

途中から仏果山―経ヶ岳の登山道と合流し華厳山へ。
そこからチョコッとだけV.ルートの下降を含むミニ周回だったけど楽しかった。




みやがせ道~経ヶ岳

 



2012年3月14日 曇り
メ ン バー: つっちーさん、はっぴー
コ ー ス : 坂尻―みやがせみち―旧土山峠―P524m―仏果山・半原越登山道に合流
        半原越―(ランチ)―経ヶ岳―P602m(華厳山)―華厳山西南尾根―法論堂(おろんど)
        ―坂尻                               (行動時間:5時間半)
 
               ※ コースは上図参照:地形図が読めコンパスが使えることが最低条件





半原越に向かう法論堂林道に少し入った所に駐車スペースがあった。

林道の入り口付近に綺麗なトイレがあったので、寄って行こうと戻る形で歩いて行くと、
その脇に「みやがせみち」の石標があって「え~っ、こっちだったの」と二人で焦った(笑)

そう、宮ヶ瀬旧道はこっちで、トイレ脇から少し坂を上がってUターンするような形になる。
二人で歩きやすい道を進んで行くと、反対から来た車の男性がどこに行くのか?と声をかけてきた。
「みやがせみち」を歩くというと、それならここでOKと走り去った。

あまり歩く人がいないのだろう、道を間違えたのかと思って、
ご親切に声をかけてくださったのかもしれない。
ナイス・ミドルの方だったので、しばらく つっちーさんと
“おばさんトーク”で盛り上がったのだった(笑)



▼ 左がトイレ、右の道を正面に上がって右にUターンして行くのだった




北西にゆる~く登っている道をP355mを左から巻いて少し行くと、
あっけなく旧土山峠に出、現在の土山峠からくる道と合流した。
二つのベンチに うっすら雪が残っていた。



▼ 旧道宮ヶ瀬線を振り返って撮影




▼ 旧土山峠。道標が指しているのは現在の土山峠方向で、宮ヶ瀬新道ができて位置が変わったらしい




植林だった周りが自然林になって、左に宮ヶ瀬湖と宮ヶ瀬尾根を見ながら登って行くとP524m。
この辺はアブラチャンの多い開放的なところで気持ちが良い。



▼ P524mの少し手前で道は東に方向を変える。左手(北)下に採石場がある




▼ 快適な道をルンルン行くと「関東ふれあいの道」に合流する。左 仏果山、右 半原越で右に進む




▼ 雪の上に可愛い足跡みっけ♪ どなたが残したのかな?




P591mを越え、リッチランドに下る道を右手に分けて進むと、ほどなく半原越。
ここに「法論堂と半原越」についての説明板がある。

半原越とは
『 昭和の初期まで、煤ヶ谷は養蚕が盛んで、当時糸の町として栄えていた半原へ、
 繭を背負ってこの峠を越えたことから、この名が付いたと思われます。
 現在は法論堂林道として拡幅整備されています 』とあった。



▼ 半原越にある説明板
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経ヶ岳手前のベンチは絶好の展望場所、今日もここでのんびりランチ。
今回なぜか気が合って、二人とも「チリトマトヌードル」だった。
そういえば、つっちーさんは、かなり前にチリトマトがお気に入りだと言っていた。



▼ 山々には、まだ雪が付いていて寒々しい




▼ 経ヶ岳で単独の男性にシャッターを押していただいて記念撮影。私は久しぶりに長ぐつ




ここから華厳山まで我々の歩きで1時間弱、半分が植林で半分が自然林だった。

今回一番 気になったのが、植林地の途中で見かけた「荻野越」。
なぜか二ヵ所にあり、一つはハシゴに巻かれた黄テープに「荻野越(用野越路)ノボリ尾」、
そしてそこから10分ほど先に「荻野越(用野越路)ノボリコウ」と書かれた看板があった。

なぜ二ヵ所?と思うが、ハシゴは移動されたのではないかと推測した。
あとの方の場所を少しウロウロして証拠を残してみた。
軌跡に出ているのを見ると、地形的にはここで合っている気がする。
今でも辿れるのだろうか・・・・〇〇越えなんていうのを見ると、ついそそられてしまう(笑)



▼ 二ヵ所に表示があった「荻野越」だが、ハシゴは使用するために移動された?
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華厳山は開けた気持ちの良いところだ。つっちーさんは初めてだそう。
山名板のあるところから少し登ってきた方に戻って、下る尾根を確認しスタート。
ちょうど陽が射してきて自然林の中の下降は快適だ。やはりここもアブラチャンが多い。

いっときの急下降が終わると、尾根のまん中にいろいろな種類の大木が現れて面白かった。
その先は植林になり、最後は尾根から沢沿いに進み、
ピッタリ橋がかかるところに出て、めでたしめでたし。
法論堂林道を少し歩くと駐車地点に戻った。



▼ コンパスを合わせてワクワクしながら未知尾根を下る。いいね~




▼ 良い尾根だね!うれしいね!!尾根がもっと長いといいのにね~




▼ この木は見るからに ややこしい~ 中は空洞、すごい生命力にビックリ!




▼ 最後はめざした橋にピッタリ出た





帰宅後、「荻野越」を検索してみたら二件あった。
二つの記事を拝読するといろいろなことが分かって面白かった。
もちろん私は歩いたりはしないけどね(笑)


H.17.11月に歩かれた「荻野高取山を行く」アイランドさんの記事
http://www.geocities.jp/island_az/sizen/humiato/oginogoe/oginokoe.html

アイランドさんの記事を一助に歩かれた「峠のむこうへ」さんの記事。日程記載なし?
http://homepage3.nifty.com/tougepal/ogino.htm









3月いまだ春浅きなか 花を求めて

 
 
 

▲ ハナネコノメの可憐な花は、まだ咲くのをためらっていた




▼ 蕾時代って、上から見ると正方形なんだね~ かわいくて清楚な花たちが咲きそろうのは、もう少し先?





▼ オオイヌノフグリとキンセンカ?の小さいのが のびのび咲いていてイイなぁ!青と黄色に明るい春を感じた





▼ やっぱりキクザキイチゲも、まだ こんだけ~! 花びらが ほころぶのは いつかな





▼ 通りすがりのお庭にオキナグサがあったので許可をいただき撮影。陽当たりが良いので開花が早いらしい





▼ 初めて見る黄色花もあった。キンポウゲ科の毒草で 毛だらけ~!花びらに見えるのは萼(がく)とのこと





▼ 梅の開花が今年は遅いね





▼ 桜も やっぱり遅いのかな





▼ みんなまだ冬眠中のようだけど、今、輝いているのが この花。実は今日のメイン!遠くからじゃ分から~ん





▼ では、近くの花の全体を。はい、フクジュソウ♪ これもキンポウゲ科





▼ “横顔”アップ、ちょっとハスの花みたいだ。萼が短いのは「ミチノクフクジュソウ」というらしい





▼ では上からも。おっ、印象がパラボナアンテナに変わる~(笑)





▼ とても鮮やかできれいな黄色!気持ちルンルンになってくる♪(この写真は上の4枚とは別の場所で撮影)




  フクジュソウは保護されているので、群生地には入らずに撮影した。
  実はこの花、今まで見たことがなかったので、今回 出遭えて とても嬉しかった!

 









パーツのスリ合わせに 谷峨~嵐~湯触~大蔵野 へ

 
 

▲ 酒匂川にかかる青い吊橋と、右は谷峨の集落。正面は鳥手山方面




昔、谷峨から何度か登った大野山の登山道と、
イガイガさんと最初に歩いた「奥山家道」、2回目の「新ミチ」の3つで、
「え~!あそこがアソコだったの~!?重ならないよ~」
的なところがいくつかあり、頭の中が混乱状態だ。

これは、現地でジックリ自分で納得するっきゃないよなぁ・・・と、
お天気がパッとしない中、一人 各パーツ部分のスリ合わせ作業に向かったのだった。





湯触・大蔵野ピース




2012年3月7日 曇り
メ ン バー: はっぴー
コ ー ス : 谷峨駅―嵐発電所―真楽寺―大野山ハイキングコースに合流―頼朝桜―野背開戸―
        湯触―長光院―須賀神社―町道―地図にはない南へ下る道からウロウロ―西湯触沢
        ―新ミチ―町道に上がる(湯触集落)―頼朝桜―都夫良野地蔵堂―嵐方面町道分岐
        ―嵐―谷峨駅                               (行動時間:約6時間)
 



谷峨駅からJR御殿場線の線路と国道246を陸橋でまたいで、田んぼの中を嵐橋(青い吊橋)に向かう。
これが吊橋だったことも忘れていたほど久しく来ていない(・・・というか、すぐ忘れるのだ~)

橋を渡って、県道川西線を少し左に行くと、牛のイラストの大野山への案内板があり、
舗装路が上に続いている。

でも、今日はちょっと嵐発電所に寄り道をして行こうと、そのまま真っすぐ進む。
何度か車で前を通過したことはあったけれど、全然 知識がないのだった。

何か説明書きがあるかと少し期待していたのだけど、施設のそばに行っても何もなかった。

帰宅後、ネットで検索すると
「景図工房」さんのH.Pに「嵐発電所」についての記事があった。
リンクフリーだそうなので、そのまま拝借させていただく。
http://www.kei-zu.com/main/soden/arashi_ps/arashi_ps.html



▼ 全体が入らない~!対岸の陸橋から撮れば良かったかもしれない




大野山入口まで登り、けっこう急な町道嵐線をジグザグに登って行くと、
ものの10分で嵐の集落に出た。

道なりに進むと、2月4日に真楽寺から直接続くルートが分からずに、
一度 町道に下りて入った「大野山ハイキングコース」の看板があった。
知り合いに会ったような懐かしい気分になりながら、真楽寺へ。



▼ あったあった ここだ!なーんだ、谷峨駅からこんなに近かったの!?みたいな感じ(笑)




2月4日に来た時のことを思い出しながら境内を一周したあと、
今日の目的の一つである、真楽寺と新ミチをつなげるルートを探しにかかった。

すると石段の上部に左奥に続く踏み跡があった。



▼ 「 なつかしや 今日もひっそり 真楽寺 」 えへへ、季語のないインチキ俳句なり~




周りはややヤブっぽいけれど、
踏み跡は辿ってみようか というくらいには付いているので、進んでみることにした。

道が小沢に沿って行くようになり、小さな堰堤が見えたので近づいてみると
踏み跡が堰堤のすぐ上で対岸に渡っていた。

これで、繋がりそうな予感が大きくなり、右岸トラバースの踏み跡を辿ると、
突然、ハイキングコースの階段道に突き当たった。



▼ ヤブっぽい中に踏まれた跡があった




▼ 踏み跡は堰堤のすぐ上を横切って対岸に続いていた




▼ そして少し回り込んだ先で、ハイキングコースと合流した。バンザーイ!




前回は、ここまでハイキングコースで来て、この地点から新ミチに入った。
今日は、少しだけ新ミチに入ってから引き返して、ハイキングコースを行く。

それにしても、記憶とはなんて曖昧で頼りにならないものだろうか。
昔、歩いた時の大野山に行く道として残っている思い出と、
今、歩いている道が、まったく重ならない。
こんな感じの所、あったっけ?ばかりだった。

1月28日に歩いた時の記事に
『 谷峨駅と大野山のハイキング道を突っ切って、
一部コンクリートで覆われた排水路の形で旧道は湯触沢に向かう 』
と書いた場所も突然みたいな感じで現れた。

知らない線を辿って行くと、知っている点が現れるって不思議な感覚だ。



▼ 今日は奥(湯触に至る旧道)には向かわないで、手前に行った先から町道共和清水線(ながっ!)に上がった




▼ 前回、トップ写真の馬頭観音            ▼ その向かい側に今年初めてのオニシバリの花が




▼ 頼朝桜の所に出て、左に進む。右は都夫良野方面




つい、自然な感じでトイレの右側の道に入っていた。
地形図には道が一本しかかかれていないので、先で一緒になるのかと思ってしまった。

でも、野背開戸や湯触に行く町道(共和清水線)が下に見えたので、ヘンだなと思って
あわてて引き返して、トイレそばの案内図を見ると、
ここから右の登山道と左の町道の二本の道がかいてあった。

今日の目的の二つ目は、野背開戸を通る町道を歩いて、湯触で旧道と合流することだから、
ここは左に行かなくちゃ!



▼ バイオトイレの右は大野山山頂へ行く登山道。左は湯触に通じる町道だった




▼ ほどなく野背開戸の小さな集落が見えてきた。以前 歩いたように錯覚してしまいそうだけど地図で見ただけだ




▼ 湯触沢をヘアピンカーブで越えた先に、あった!1月28日に右の旧道から出てきた所だ




▼ そして、すぐ先が この三叉路で、右へ。ここから長光院までは重複する




▼ つい やりたくなる(笑)いつものイタズラ~




▼ 湯触集落、この景色が好き。最初の時と同じように途中から旧道に入り、長光院の裏へ出た。この道も好きだ




▼ 今日の長光院は ひっそり静かで ちょっと淋しい。道を挟んだ斜め向かいには「大蔵野集会所」があった




今日は、大蔵野の「須賀神社」に、ぜひ行ってみたかった。
集落の南西に神社のマークがあるので、長光院の前の道を下って、
町道共和清水線が横切る四つ辻を、そのまま真っすぐ行けば(下の写真だと右手)
右側にあるはずだった。



▼ わずかに下ると町道共和清水線が横切る四つ辻に。ここを左から右へ越えて真っすぐ進む




そんなに苦労しないで行かれると思っていたのだけど、道をつめて行くと行き止まりで
川に急に落ちている。
これはおかしいと引き返しながら、再度左側を探しても それらしいのが見当たらない。

四つ辻まで戻ってみようと歩いていたら、地元の女性の方がいらしたので教えていただいた。
今、進んで行った道の途中の民家の間を左に入って行くとのこと、
指差された方向はすぐ目の前で、こんもりとした木々があった。

それにしても、本当によそのお宅の敷地に入るような感じなので、これはちょっと分からないな~



▼ こんな道を入って行くなんて・・・・左奥のこんもりした林が神社




▼ や~っと辿り着いたぜー!須賀神社




▼ 中は板の間でこざっぱり片付いていた。大太鼓が二つと「天皇陛下御即位大典」と書かれた長い御旗?があった




来た道を四つ辻に戻って、これからどうするか考えた。

二回めの時、宮原から歩いて途中で下りてしまった山市場への続きをやりたい気持ちもあったけどね、
今日は町道と県道川西線をつなぐ神社の南を通っている道を行ってみることにして、
地図で確認してから歩き出した。



▼ 大野山方向に少し行くと、この美しいお顔のお地蔵様がいらっしゃった




▼ 信じて疑わず、この右側の道を入って行ったのだ




▼ こんな感じに続いていたのでスッカリだまされた~ここからが今回の核心になろうとは・・・・(笑)




でも、今 写真で見ると、確かにあまり人や車が行き来しているような道には見えないなぁ
その時はルンルンで下って行ったのだけど。

突然、目の前の小広い所に「酒匂川線No.31」鉄塔が現れた!
そして広かった道はここで終わり、左に細い踏み跡が続いていた。

あーあ である(笑)
であるが、踏み跡は続いているので、もう少し突っ込んでみようかなと思って進んだ。



▼ 鉄塔の出現にビックリ!ガックリ!!しかし踏み跡は左に続いていた




▼ 正面、木の間ごしに高速道路の赤が見えた




茶畑があったので、しいたけ栽培のホダ木が出てきたのには驚かなかったけれど、
そばの「緑を大切にしましょう」という看板には戸惑った。
何でこんな所に、こんな看板があるの?いったい誰を対象にした看板なの?
と不思議&違和感に、ますます好奇心が刺激された。



▼ こんなとこに これ!?




ここで少しウロウロ偵察。結局、左の頼りない踏み跡を辿って行くことにした。
数分後に橋のかかった小沢(あとで西湯触沢と知る)に出、先に例の巡視路階段が続いていた。
どうやら“鉄塔巡りツァー”になっちゃったらしい(笑)



▼ さっきの看板も、この橋も、ここが人の生活エリアだと証明していた




▼ 竹林から すぐに植林とアオキに変わる中、しっかりした踏み跡が続いていた




▼ 橋から ものの5分でNo.32の登場




▼ 葉の付き方からヤマネコノメソウ?(3/7の様子) ▼ こちらはキランソウ




▼ ここ、この感じ、何となく かすか~に引っかかったんだけど・・・




帰宅後、2月4日の写真とロガーの軌跡を、今回のものと比べながら検証してみると、
4日は西湯触沢を渡ってすぐ町道に上がっていた。

今回は、西湯触沢は80mくらい下で、反対方向から橋で渡って32号鉄塔に出たあと、
西湯触沢左岸尾根と沢の中間あたりに付いている道を上がって、新ミチに出たようだ。

写真と軌跡の時間を付き合わせると、どうも上の写真あたりがあやしい。
それから、下の2枚は逆方向からの撮影になるので、ちょっと感じがつかみにくいけれど、
近い場所のような気がする。ここは既に新ミチに入っていた?



▼ 今日の写真                       ▼ 2月4日の写真
295 (2)



▼ この先もハッキリした道で こんなものもあったのに、まさか新ミチに入り込んでいるとは思ってもみなかった




なんと同じ場所の写真があった!
多少、撮影位置と周りの様子が違っているけれど、木々の形と配置が同じだね。



▼ 今日の写真(振り返って撮影)                ▼ 2月4日の写真




ハッキリした道が先に続いているけれど、もう嵐集落かもしれない、
そろそろ上の世界に這い上がろうか、なんて考えて茶畑脇の道を上へ登って行くと、
コンクリの道に手すりも出てきて、ポンと町道に飛び出した。
前には家があった。



▼ ここから上がってきた




▼ さぁ、ここはどこかな~?たぶん嵐の集落かと、期待して近くの電柱の標識を見てみると




宮原は分かるとして、共和? 田之入? う~ん、どこだー??
ちょうど向かいから女性二人の乗った車が来たので、たずねてみてビックリ!!
なんと、ここは湯触だという。一瞬、耳まで悪くなったかと焦った(笑)

あんなに歩いたのに、まーだ湯触だなんて信じたくなかったけど、
ふらふらと一人でさまよっている時間は長く感じてしまうのと、
トラバースは歩いた距離と進んだ距離は一致しないのだと、シブシブ納得。

それに地図と歩いてきた経緯を考えると、状況的に、嵐はあり得ないのだった。
ということで、また、あの三叉路から野背開戸、頼朝桜まで歩かなくてはならない。はぁ~

お天気があやしいので、速足で歩くとアッケなく頼朝桜に到着、
やっぱり町道は歩きやすいわ。

ここで同じ道を帰ってもつまらないし、都夫良野地蔵堂と公園工事の進行状況を見て、
2月4日に真楽寺に行く道を間違えて入った町道嵐線の工事がどうなっているか、
見て行くことにした。



▼ 三叉路。右から歩いてきて、左に工事現場と都夫良野地蔵堂。帰りは正面の町道嵐線を下る




▼ 工事は進んでいた。「本日は大型車の通行がありません」との立て看板があった




▼ ついでに都夫良野地蔵堂のカナクギノキに挨拶して葉を撮影




▼ 町道を茶畑でショートカットしながら下って行くと、2月4日には工事中だった道路がきれいに完成されていた




▼ おお、なつかしや!水場から新ミチを辿って、ここに出てきたのだった




嵐の集落を通りかかると、いつの間にか一軒のお家からネコさんが現れ、
訴えるようなまなざしでジーッと見つめながら迫ってこられた。
タジタジと後ずさりすると、突然、道のまん中でこんな可愛いしぐさを披露してくれた。



▼ このパフォーマンスでネコ好きならメロメロになるかもね~ ^^




▼ 谷峨の集落まで、もうひと息だね!おつかれさま~





帰宅後、ロガーの軌跡を見て唖然としたのだった。

須賀神社に行く道は、四つ辻から ずっと真っすぐだと思っていたら、
途中でみごとに90度曲がっていたのだ。

実際には、南西に行く道の他に地図にない道があったのだが(軌跡参照)
これに入っていると知らずに、神社は右手だと思いこんで探していた。

この地図にない道のおかげで、西湯触沢右岸を、神社の南を通っている道だと勘違い(ドジ~!)
鉄塔巡視路もあり、登ったり下りたり、これで決着かと思うと まだダメで、
一喜一憂の楽しい迷走となったのだった(笑)

スリ合わせも必要だけど、やっぱり、こういうのが面白いなぁ♪





レガ―さんへ
【 2月4日、真楽寺の南の方角の新ミチから見た富士山 】






八菅修験春の峰 第2行所 「幣山」へ


▲ 中津川の土手から対岸の こんもりした「幣山」を眺める(中央)

             

今年1月16日にシモバシラを探しに行った時、
「丹沢山塊東辺のみち」 という看板に『山岳修験者のはなし』があった。
その中に「幣山」という地名があり、印象に残った。

また、1月22日に八菅神社に行った時、八菅山の説明の中にもこの地名があり、
なんと上荻野バス停に向かう途中で大発見!ここに行く道を見つけたのだった。

残念ながら、この時は途中で引き返したが、そのうち行ってみたいな~と思っていたので
この時 一緒だったRさんに今回も同行していただき、探索に向かった。


     ※ 城川隆生著「丹沢の行者道を歩く」―八菅修験の行者道①―(P.73)
       によれば、八菅には春の峰と秋の峰があったが、秋の峰は江戸時代初めに
       断絶したと伝わっているそうだ。
      
     ※ 最後に、勝楽寺春の例大祭の説明板と堰堤の写真を追加(3月16日)

  


幣山1




2012年3月3日 曇りのち晴れ
メ ン バー: Rさん、はっぴー
コ ー ス : 半僧坊前バス停―田代半僧坊―海底(おぞこ)集落―打越峠―P221m―
        幣山集落分岐(403号鉄塔)―P225.7mピストン―幣山集落分岐―
        幣山集落―第2行所幣山(石神社)―角田(すみだ)大橋―中津川右岸川原―
        角田バス                          (行動時間:5時間30分)
 
              ※ コースは上図参照:地形図が読めコンパスが使えることが最低条件




本厚木から乗った半原行きのバスを「半僧坊前」で降りた。

ここは平山集落で、道路から少し入った所に、
「田代半僧坊」と呼ばれている「勝楽寺」という
曹洞宗の大きなお寺があるので見学して行くことに。

さすが禅宗のお寺だけあって、質実剛健という雰囲気だ。
歴代の住職には名僧が多く、良寛さまの師である「国仙禅師」もそうだったとのことだ。

それから、境内の説明にはなかったけれど、
なぜか「葵の御紋」が門やいろいろな所に付けられている。




▼ 「田代半僧坊」というのは聞いたことがあった。何だろうと思っていたけれど、お寺だったの!




▼ 落ち着いた荘厳な雰囲気だ。シブイなぁ




▼ 右側に たくさんの馬頭観音があった




▼ 二枚目の写真の山門に近づくと圧倒される。この山門は、親子二代で21年かけて作ったものだそう




▼ ご本殿。さすが名刹と言われるだけあって品格が感じられる




▼ 遠州(静岡県)奥山方廣寺(ほうこうじ)から勧請した半僧坊大権現が祀られているそうだ




さて、ここから中津川の左岸にある海底(おぞこ)まで行き、
集落のまん中あたりから南側の丸山集落へ。
そこからP221m経由で幣山集落へ行くことにする。
このルートは昔の「丹沢」のガイドブックに出ているそうで、
私が愛用している電子国土の地形図にも黒実線で記載されている。

では、まず海底集落へ。この地名も前から気になっていた。



▼ 立派なお家に祀られているのを見ると、地域で大切にされているんだなと感じる




▼ こういうのは懐かしい~!昔、山の帰りに水原弘の看板は良く見かけたけど、これは「なべおさみ」だ~




この辺り、現在の所番地は海底ではない。
「海底」という表記が残っているのは限られた所だけのようだ

地図を見ながら、丸山集落に続く道の入口を探して奥へ進む。
何本か入る道があり、どれが正解か分からないので、
P221mから北西に派生している尾根のそばまで行って、
一本づつ検証しながら来た方向に戻ることにした。

一本目を進んで行くと、ゆるく右に曲がった先方に、神社の鳥居が見えた。
道なりに行ってみると道を挟んだ向かいに「馬坂」の石柱もあり、
そばには大正八年と刻まれた馬頭観世音と石仏が数体 祀られていた。



▼ 一本目の道を辿って行くと、地図にはない「金比羅神社」と「馬坂」の石柱があり、道が奥に登っていた




▼ 石柱の右には、大正八年の「馬頭観世音」があった




道が集落の方にも ゆるく下り気味に続いていたので、
まず、集落のどこに続くのか確かめに行くにした。

平山から歩いて来たメインストリートからは見えない、少しこちらの方に入った所に
「日月神社」があった。これが地図に載っている神社のようだった。



▼ 「日月神社」正面。きれいにお掃除がされている。正面左側に、たくさんの石仏や石碑?が並んでいた




そして、ついさっき、入口候補の一つとして通過した所に出たので、
金比羅神社まで戻り、今度は神社の横を通り、馬坂を上がって行く。
ゆるやかで道幅が広く馬も歩きやすそうな坂道だった。



▼ 馬坂は風情の感じられる道だった(振り返って撮影)




ほどなく左手が広々と開けた台地状の場所に出た。雪がまだらに残っている。
右手の木には、厚木市による「イノシシに注意」という看板が付けられていて、
その少し先に石柱があった。

「打越峠」という峠名と下記の文が刻まれていたが、
峠という地形には見えないので不思議な感じだった。

『 荻野の最北端であり、愛川町角田の海底地区に通ずる古い道で、
  途中には天狗が出たと伝えられる「逢わずの森」がある 』



▼ 正面に石柱が建っていたので近づいてみると「打越峠」と刻まれていた(昭和63年2月厚木市設置)




▼ ちょっとウロウロしたあと(笑)丸山集落に出た




きれいな舗装道路を進み、尾根を一つ回り込み再び林に戻るような形で奥に進んで行くと 
すぐにゲートがあり「立入禁止」の表示だが、奥に道が続いているので、
戻ることも有りで入ってみることにした。

木とササが盛大に行く手を塞いでいたので、これを左から巻くと、
その後すぐゴルフ場に突き当たった。
境界のネットの外側に細く踏み跡が続いていたので、これを辿って行く。

どうやら この地図に記載されているハイキング道は、
ゴルフ場が作られたことにより、歩けるような状態ではなくなったようだった。

広い舗装道路を南東に向かって歩いて、途中でひと休み。
その先でタチツボスミレ発見!
春だ~気持ちがうきうきしてくる。



▼ 地図に記載されているハイキング道が、ゴルフ場のネット沿いに続いていた(振り返って撮影)




▼ P221mを少し過ぎた所から歩いてきた道を振り返ると、こんなヤブに近い感じ




▼ 今年初のタチツボスミレ。たくさん咲いてくると見向きもしないのにね(笑)




少し行くと、右手に403号鉄塔、左手に幣山入口の道標が現れるが、
まずP225.7mと登尾入口の奥を確認することにして、先に進む。



▼ 左側がP225.7mに続く道




▼ そして四等三角点があった




▼ 一度ハイキング道に戻った先に、前回気になった この入口。今日は入ってみる




導かれるまま踏み跡を辿って行くと突然目の前が開け見通しが良くなったのでビックリした。
かなり木が切られていて、代わりに桜の苗木が植栽されている。
ここをお花見処にするつもりかな。
先に尾根が続いているので、中津川に下って行かれそうだった。
ちょっと行ってみたいけど、今日は幣山集落に下るのだ。おとなしく引き返した。

そして、ここからが今日のメイン。うれしいな~



▼ では、いざ幣山へ!




▼ 道がたはハッキリ付いているし、テープもけっこうあるので迷うことはない




▼ こんなのがあるとは思わなかった!脇道に入ると危険だからかな




▼ 常緑樹の中をグングン下って行く




▼ 下の方にくると竹林や沢が現れチョット荒れた感じに。沢には小さな堰堤もあった




▼ 最後は、こんな扉が出てきた(振り返って撮影)。この扉からすぐ先が集落




▼ 左側に通る車道に出る手前には、写真の他にも馬頭観音や供養塔、庚申塔があった




▼ 車道の向こう側、中央やや右にこんもりしているのが幣山らしい




▼ 近づいてみると こんな感じで、間違いない




「丹沢の行者道を歩く」―八菅修験の行者道②―(P.77)に

『 八菅修験春の峰三十行所のうち第5行所「滝本・平持宿」(塩川の谷、※「塩川の谷」参照)
 までは中津川沿いを進む道である。
  第2行所「幣山」(愛川町角田)は中津川岸にそそり立つ巨岩である。
 ここから平安末~鎌倉時代の経塚が発見されたように、古代から祭祀を行う聖地であった。
 石神社と幣山の間には文政年間の「是より登山制禁」と書かれた石柱がある。
 八菅修験にとってはこの聖地はダキニ天と俱利伽羅明王を祭る「幣山ダキニ天岩屋」であった。』

とある。(石柱には文政ではなく「文久」と刻まれていた)



▼ さらに右に回り込むと「石神社」の鳥居が現れた。奥に石段が見える




▼ 鳥居をくぐって左側の幣山の方を見る




▼ これが石神社




▼ 神社のすぐ左に「是より登山制禁」という石柱が。「文久」は1860年代初めだ




▼ 大木と岩がドッキングしている右横から、何とか上に行かれそうだ




▼ 頂上には「丹沢の行者道を歩く」78ページに写っているような巨岩はなかった。落ちてしまったのかな




▼ 山頂から中津川を見下ろす




どんな所か興味津々だった幣山を訪問できて満足だったけれど、
Rさんは、ぜひ幣山を中津川の対岸から眺めてみたいと言う。

ほんじゃまぁ付き合おうか~と、土手沿いに てくてくてくてく



▼ 土手から幣山集落を振り返る




▼ 途中から車道沿いで角田大橋に到着。橋上から中津川の上流を望む。半原高取山、仏果山、経ヶ岳などが美しい




▼ こちらは下流。左岸(向かって右)から来て、これから右岸(左側)で幣山の対岸までUターン




▼ 見えてきた。まん中の ひときわ濃いグリーン部分がそうだ




▼ こちらから目をこらして見ると、やや左寄りに石神社の屋根が見えた




▼ 田んぼにアオサギ(左)とダイサギ(右)がいた





気になっていた「幣山」がこういう所に、こういう形であるとは思っていなかった。
知りたかったことが分かるのは嬉しい。
ただ一つ残念だったのは、頂上にあった巨岩がなくなっていたことかな。

対岸から幣山を見るという発想は良かった!これはRさんに感謝。
幣山は対岸から見てこそ絵になると感じた。

それから、地図に記載されている幣山集落への破線の道が、
実際に歩いたルートと違っていたのが意外だったけれど、
これはロガーの軌跡がないと分からないことだった。

もしかしたら、もっと以前は最初乗った尾根を外れないで石神社まで
ストレートに下っていたのじゃないかなぁ・・・
などと勝手な推理をしてみるのも、また楽しい。





【 TI-AEK31さんへ 】


▼ 勝楽寺春の例大祭についての説明



▼ 幣山集落へ下る途中の小沢の堰堤









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