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2011年~2012年 冬の丹沢 Archive

鐘ヶ岳北尾根のミニミニ周回を楽しむ




▲ 帰りのP291.5手前から西に入った尾根には、大きな石が隠れていた





初めて歩いたのは2005年12月のことだった。
仲間と11人で日向薬師から大沢分岐を経て、鐘ヶ岳北尾根を別所温泉めざした。

地図を持ってはいても、眺めるだけで読めなかったのに、
いつもトップを歩かされて、道を外す常習犯(笑)

この時も途中から別所温泉へと続く破線に入るはずが、
なぜか手前で谷太郎川に引っ張られ、想定外のヤブコギと回り道、
またまた楽しい山遊びとなってしまった(笑)

どこで間違えたのか不思議でならず、その後2回、一人でウロウロした結果、
やっと「ここだ~」と分かった時は、とても嬉しかった。

この北尾根での一件が、「地図が読める女」に変身しよう!
という決意を後押しし、翌月、平塚さんの地図読み講習会に参加したのだった。

オーバーな言い方をすると、ここは私の“地図読みの出発点”、
記念すべき場所なのだ。





鐘ヶ北尾根




2012年2月22日 曇り
メ ン バー: つっちーさん、はっぴー
コ ー ス : 清川村役場P―別所温泉入口セブンイレブン―新屋敷―P291.5m―福神山
        ―鐘ヶ岳山頂(P561.1m)―福神山―P291.5m手前のP290mから北尾根
        ―根岸―清川村役場P                 (行動時間:およそ6時間)
 
              ※ コースは上図参照:地形図が読めコンパスが使えることが最低条件





ゆっくりの出発だったので、清川村役場が開いていた。
ラッキー!「清川のこみち」を買って行こうということになった。

対応していただいた職員の方に伺うと、役場の駐車場に駐車させていただけるそうだ。
おお、ダブルラッキー!!

それでは、ここに停めて別所温泉入口のセブンイレブンで所用を済ませ、
往路は新屋敷からの破線ルートで本尾根に登り、
復路は なるべく北尾根の末端まで行ってみようか・・・・
ということで相談がまとまり、歩き始めた。

セブンイレブンから役場方面に少し戻って、郵便局の向かい側の道に入った。



▼ 新屋敷集落の途中に大きな石柱と石仏が祀られていた




▼ そこからほどなく山に突き当たったので、適当に踏み跡を辿って植林内に入った




▼ コンパスを合わせて進むと、すぐヤブ~。で、尾根に乗ってP291.5m(三角山)に上がることにした




▼ 尾根から見えた広い敷地と建物は養豚場だった。大きいのと臭気にビックリ~!




▼ シカ柵を入って植林内を登って行くと山神さまの祠があった




尾根には時々大木や、ほとんど倒れかけている古いシカ柵が現れたりするが、
いつの間にか、最近 手が入った感じのスッキリした植林になった。

遠くから見えていた福神山(420m)と、その手前400mの二つのピークが
間近に迫ってきた。

この辺り、以前と比べて明るい感じになったのが、切り株の多さからも納得できる。
何だか感じが変わって、初めての尾根みたいだ。

ゆるやかに登り着いたのが福神山、懐かしいところだ。
以前はなかったテープがアチコチに付いていて、汚らしく感じてしまうのは残念。



▼ 尾根上にデーンとモミの大木が




▼ 手が入って、スッキリ明るくなった植林の尾根
DSC034472



▼ 山名板だけで十分だと思うのだけど・・・・




この先、しばらくの間が北尾根で一番好きなところ。
以前、この辺でノウサギを見たことがあった。



▼ 広くてゆったりした自然林がいい感じ~




▼ 株立ちした大木、いったい何本?




▼ 石祠を囲んでいる木々もトシをとったな~(笑)この鞍部から金翅(こんじ)へ続く道があったらしい?




▼ 全体、以前に比べて明るくなった気がするけど、倒木や枯れてきた木も目立った




▼ 尾根沿いにあるシカ柵の東側の踏み跡を追いながら急登を頑張る




▼ この辺も赤テがアチコチに付いていた。以前はこんなになかったのになぁ




▼ ようやく山頂。このごろ、こういうのが気になるようになってきた




▼ 久しぶりにツーショットで




山頂で20分ほど のんびりして下りにかかる。
今、きた道を帰るのだから わけはないだろうと、ちょっとタカをくくっていたら、
やっぱり登りと下りじゃ感覚が違うから、あやうくだまされそうになったとこが一ヶ所(笑)

登りの時は真っすぐ行って問題ないのだけど、下りの場合だと真っすぐ行くとブッブーで、
曲がらないと谷太郎川に下りてしまう。ここ、けっこうポイントかな~

で、だまされずにホッとしながら
「でも、こんなに植林が長かったっけ~?」と私。
「うん、けっこう長かったよー!」なんて つっちーさんと話しながら
三角山の手前のP290mをめざした。



▼ ここがP290mで、登りでは右(北東)からきたけど、今度は真っすぐ(北西)進む




▼ トップの写真のように、植林だけど大きな岩があったり、その後は自然林になったりで楽しめる尾根だった
090 (2)



▼ 左側は植物がいっぱい




▼ 最後は枯れたササ原に出て、駐車地に近い方に下りることにして、東へルートを取った




▼ 「青少年の家」の裏手を回り込む形で下山。奥に見えるピークを辿れば北尾根の末端に出るのだろう





谷太郎川の東側を平行に走っている鐘ヶ岳北尾根は、
最初に歩いたころ、けっこう自然が色濃く残っていて好きだった。

今回、4年ぶりに歩いてみたら、全体的に荒れてしまったかなという印象だったけれど、
この数年、大きな台風があったり、人も多く入るようになったり、
しかたないかと思う。

反面、植林には手が入っていて、作業経路なんかも作られていたので、
やっぱり以前の印象と違っていた。

本当にミニミニ周回だったけど面白かった。
つっちーさん、ありがとうございました。











相州アルプス高取山三山をめぐる陽だまりハイクへ


▲ 荻野高取山に向かう途中なんだけど、はて? みなさん、ジッーと何を見ているのだろ? 




あっちの北面のアブナイ山域は雪がなくなった頃に・・・・
ということで、今日の山遊びは全員一致で相州アルプスに変更となった。
久しぶりにご一緒する shiro さんも加わっての珍しい顔合わせコラボ。

初めと終わりのVルートが楽しみだけど、
間の登山道も土山峠への分岐から仏果山までは、まだ一度しか歩いたことがない。
それも、ずいぶん前のことなので良く覚えていないから、ほとんど初めてみたいなもの。
どうぞ陽だまりハイクになりますようにと、お天気を祈って楽しみにしていた。




高取山




2012年2月11日 晴れ
メ ン バー: ミックスナッツさん、AYさん、shiro さん、はっぴー
コ ー ス : 向山トンネル―半原高取山―仏果山―P640m革籠石山(かわごいしやま)―
        半原越―(ランチ)―経ヶ岳―華厳山―(煤ヶ谷高取山分岐通過)―荻野高取山ピストン
        ―煤ヶ谷高取山分岐―P464m煤ヶ谷高取山―秋葉山―清川コージーコーナー工場
                                        (行動時間:およそ8時間)
 
               ※ コースは上図参照:地形図が読めコンパスが使えることが最低条件





6時55分発宮ヶ瀬行きのバスは、ほどよい混み具合で出発。
AYさんとミックスナッツさんの予想どおり、途中からマシラさんが乗車、
お二人のカンの良さにビックリ~!
モチコシの頭でお遭いした時と どこか感じが違うのは、オシャレな毛糸の帽子のせいかな。

AYさんが「自由乗降区間だから向山トンネルの手前で降りましょう」と言われたので、
そんなことが出来るんだ~と、目からウロコだった。
私は てっきり仏果山登山口バス停で下車かと思っていたのだ。

さて。
あれは忘れもしない昨年の1月27日 シモバシラを探しにきた帰りのこと。
向山トンネルの上でしばし悩んだ末、トンネルの向こう側にロープ下降したのだった。

で、みなさんから何かにつけて「反対側に階段があったのに~!」とニカニカされたので、
「それなら、こっち側はどーなのか確認したいな~」とずっと思っていたのだ。
でも、この階段が気になっていたのは私だけじゃなかったようだ。
では 探検のはじまり~♪

( ↓ 2011年1月27日の記事)
http://hapimero.blog133.fc2.com/blog-entry-70.html



▼ しみじみ眺めたのは初めて。県花のヤマユリが彫刻されているんだ




▼ あっ、そんなとこ入っちゃイケマセンヨ~!(M-Kさんの真似・笑) いえ、階段があってイケルンです




▼ と思ったらアッケなく階段終わって、あとはただの急登!しかも下は宮ヶ瀬湖。あっちと変わらないじゃん!!




【 ....教訓:階段があるからといって、その先が道であるとは限らない 】← 花立小僧さんの真似(笑)

結局、カナヅチには どっちも厳しいので、このトンネルへは下ってはイケマセン。



▼ 急登をクリアーすると470m辺りから、すこぶる雰囲気の良い尾根になる。やっぱりここはイイ!




▼ 手前が宮ヶ瀬尾根、その後ろにゴジラの背尾根、中央奥に大山、そのやや手前左にギザギザの大山三峰




▼ 青空をバックに高取山展望台が見えた。直で高取山に上がれるのも、この尾根の魅力だ




山頂には展望台の下で無線をやっている男性と、その同行者、そして単独の男性がいた。
展望台に上がって、のんびり展望と山座同定を楽しんだ。



▼ この展望は いつ見ても素晴らしい!手前中央が登ってきた尾根




▼ さあ、ここからは登山道を仏果山へ向かう。見えていてもなかなか着かないのは尾根が蛇行しているからだ




▼ はい、山頂に到着~さっそく ここでも展望台に登って景色を楽しむ。って、下見てど~するん!?




▼ 確かに shiro さんの言われるように、この展望台から眺める大山はカッコいいのだった




雪もなく、凍ってもいなかったので、仏果山からあとの細尾根急下降も歩きやすかった。

P640mの革籠石山(かわごいしやま)と、土山峠への分岐と、リッチランドへの分岐を通過すると、
50m下って坂尻へと続く道路に下り立った。
ここが半原越で、道路を横切った向こうに階段があり、登り返しが50m。これがけっこうキツイ。



▼ どうってことない半原越。ここは覚えている(正面の階段から下りてきた)




ひと登りした経ヶ岳手前の好展望の場所にベンチがあったので、ここでランチに。
楽しいオシャベリで40分も過ごしたのだった。

それぞれのエネルギー(笑)を補給して、さあ 経ヶ岳にひと登りだ。
経ヶ岳の少し手前に、経石と呼ばれている大きな岩があった。

環境庁・神奈川県の看板には下記のような説明文があった。

『 昔、弘法大師がこの岩(南側にある穴)に経文を納めたことから経石と、
 また経石のある山だから経ヶ岳と呼ばれるようになったと伝えられています。

 永禄十二年(1569年)、北条武田合戦(三増合戦)の際、武田氏に敗れた
 北条氏の落武者が、やっとのことでこの山にたどりつき法輪堂(おろんど)を
 見下ろすと数多くの槍が立てられていました。落武者は、武田の軍勢がすでに
 法輪堂まで追いかけてきたのかと思い、経石付近で力尽き、相果てたそうです。

 ところが落武者の見た槍というのは、収穫を終えたトウモロコシだったといい、
 それ以来、この地方では、トウモロコシを耕作しなかったと伝えられています。』



▼ これも覚えている。右を通ると岩穴で新しい仏像?とお札2枚と文字が彫ってあるような石が見えた




▼ 2分歩くと経ヶ岳だった。山頂にあった三角点の看板




上荻野と華厳山の分岐には、「西山を守る会」の親切な看板があった。
この辺から、植林の中を行く道が華厳山まで続いていた。
今日、一番気持ち良くないところだった。

ハンターが一人、東を向いて待ち?をされていたが、以前もこの辺で二度会ったことがある。
ここは定位置なのかな。



▼ この木は複雑すぎ~! みなさんがいるのが華厳山山頂である




華厳山山頂で、まーちゃんの落とし物の傘を発見!
このいきさつは、その時の同行者であったAYさんの記事に詳しく書かれることだろう。
ということで、そちらをどうぞ~



▼ 気持ちの良い尾根を南下する。こうでなくっちゃね~




P464m煤ヶ谷高取山方面の分岐を確認して、荻野高取山をピストン。
この辺はアブラチャンがいっぱい!春は黄に染まるのだろうね。



▼ 荻野高取山には「西山を守る会」作成の山名板が立っていた




煤ヶ谷高取山に向かう尾根の入口にはヤマザクラの大木があり、分かりやすい。
ここからまたVルートになる。

shiro さんを先頭に急下降を100m、その後はゆるい尾根歩きになって煤ヶ谷高取山を通過し、
石の祠がある秋葉山まではアッという間だった。



▼ 途中で左手に見える採石で削られた山をズーム撮影




歩いたことがないと思っていたけど、もう7年くらい前になるのかな、
桜の季節に一人で御門橋から華厳山に登ったことがあったのを思い出した。

だから今 下ってきたところは歩いたことがあったのだけど、
季節も違うし、登りと下りだし、みんなと一緒だし、周りの様子も変わっていたので
初めてみたいで楽しかった♪



▼ 秋葉山は細長いピーク、その一番南に この祠があった




この先は、短いけれどホントに初めて。
花立小僧さんが最後で苦労された記事を拝読していたので
うまく道路に下りられるかな~と楽しみだった。



▼ 尾根の下部250m付近で、この辺りから下りたらいいのでは・・・・と右側をのぞくAYさん




▼ でも、結局、花立小僧さんと同じシカ柵の扉に出たあと、柵沿いを右に回りこんで階段を発見、無事に道路へ




ロープも使わず無事に道路に下り立つことができヤレヤレだった。

ミックスナッツさんの情報によると、上飯山バス停からは毎時2本の本厚木行の始発があり、
バス停までは歩いても700mとのこと。
すぐ、shiro さんがiPhone でバスの時間を検索し、効率良く乗車することができた。

帰宅後、ロガーの軌跡を見ると、やはりAYさんがのぞいたところから右に下ると
ピッタリ階段に出られたようだった。AYさん、さすがです。

みなさん、のんびりのどかなハイキング、楽しかったです。
ありがとうございました。











宝尾根で つっちーさんと まったりデートを楽しむ


▲ 6日、7日の雨で雪がとけてしまったらしい。思ったより少なくて残念だったけど気持ちはいいなぁ




ホントに久~しぶりに、つっちーさんと山に行った。
ご事情があって、最近は なかなかコラボがむずかしいのである。
早い時間の帰宅が better のようなので、近場のショートコースで自然を楽しむことにした。

というわけで ゆるゆると味わいながら宝尾根を歩く。
上部も岩場で好きだけど、今日は七沢山までは行かずに777m止まり。
こんなのって、きっと我らだけだろうね(笑)
いいのさ~!自分たちが楽しんで満足すれば どこだって最高だもん♪




宝尾根改




2012年2月8日 曇り
メ ン バー: つっちーさん、はっぴー
コ ー ス : 鳥屋待沢手前に駐車―宝尾根P777m―P512m―谷太郎橋―駐車地
                             
              ※ ショートコースだが、一応Vルートなので地形図が読めコンパスが使えることが最低条件




会うのは、去年の暮れに二人でランチ忘年会をして以来だ。
お互いに積もる話があり過ぎて、谷太郎林道を歩きながらも つい夢中でオシャベリ。

宝の山の石柱は確認したのだけど、その先はムニャムニャで
本当は逆コースの予定がウフフとなって、結局、分かりやすい石柱から登ることになった。

450mからわざと尾根を左に回り込んで行くと、下の写真の広々とした所に出る。



▼ 最初 登ってくるはずだった尾根と合流。ここは初めて登った時、いいな~と思ったので再訪したかった




▼ 尾根のまん中に植生保護柵が出てきたのを やり過ごしてチョット進むと、こんな中途半端な?テープが




P777mの少し手前。
広くて清々した自然の中で、のんびりランチをとってリフレッシュ!
今日は これで十分。さぁ帰ろう~



DSC03438⑥



▼ 自然に癒されてステキな笑顔のつっちーさん




P512mからは谷太郎橋に向かって下る。
最初は自然林の気持ちの良い尾根だったが、ほどなく植林になった。
間伐中らしく切り株が新しい。切られた小枝がモサモサしていて歩きにくかった。



▼ モミの大木が多かったが特に立派だった二本。左は主尾根に、右は512mから派生の東の尾根にあった




▼ 植林の中をまっすぐ下って行くと、途中でハッキリした仕事道に出あった




▼ つっちーさんが、見たことのないブキミなツル発見!これは何だ―!?ちょっとゾクゾク




▼ こわごわ近づいて見ると まるで注射針のような刺が   ▼ そばにあった実からジャケツイバラと判明した




▼ 無事に林道に下りると、そばの急斜面では確保して工事中だった




▼ 春近し♪♪




つっちーさん、また行かれる時はヨロシク!











瀬戸ミチから奥山家道第二街道(新ミチ)を経て 目ざすは山市場なれど・・・・


▲ 奥山家道の新ミチは、前回歩いた古ミチの下方につけられていて、今も自然に近いまま残っているのが魅力だ




まさか連続して、この地を訪れることになろうとは思っていなかったのだが、
前回の記事を書くことで、ホンの少しこのエリアが分かるようになり、親近感がわいてきた。
すると、もっと知りたいと思うようになるから不思議~

イガイガさんに聞いた「瀬戸ミチ」も、s-ok さんの記事で知った「新ミチ」も、ぜひ歩いてみたくなった。
さらに、宮原から山市場への道も そそられてしまう。

ということで、今回もイガイガさんの古道探訪にコラボさせていただいた。





瀬戸道範囲





2012年2月4日 晴れ
メ ン バー: イガイガさん、はっぴー
コ ー ス : 河村城址駐車場―河村城本城跡―日向―平山―瀬戸ミチ―平山踏切―安永橋―線守稲荷
        瀬戸ミチ取付き―直路山(すぐじやま)―奥山家道・本ミチ―水飲み場―新ミチ―
        車道―真楽寺―再び新ミチ―長光院―宮原から旧径路―用沢―県道76号―用沢バス停
        ―山北駅―河村城址駐車場               (行動時間:約8時間) 
                               ※ 記事中、一部イガイガさん撮影の写真を拝借した 





♪ 河村城址をスタートし、瀬戸ミチで奥山家道・本ミチへ合流するまで


参考にさせていただいたs-ok さんの記事の中に、正夫さん(2010年8月時、82歳とのこと)のお話として
「昭和生まれの私たちの子どもの頃、都夫良野部落は活気があり・・・・」という記述があった。

さらに、
「谷峨方面の人たちが山北に出る場合、瀬戸平山と四軒屋の所の永安橋に無人の渡し舟があり、
自分でロープを引き行き交った」とも。

今日、歩く瀬戸ミチは酒匂川の南側を東西に走り、永安橋で川を渡ったのち、
都夫良野まで山中を辿る道である。

本来なら、前回の帰路はこの瀬戸ミチを河村城址まで戻る予定だったが
時間的に無理だったので、今回の仕切り直しとなったのだ。
でも、日を改めたおかげで新ミチや宮原から先も歩けるので、得した気分~♪

ということで、今日のスタートも河村城址から。



▼ 前回、紹介したお城をイメージしたトイレ。石垣まであるのが凝っているのだ




▼ 河村城址本城跡を通過。今回の方がお天気がいい




今日は城跡の先の分岐を 前回と反対方向の左へ。つまり「洒水の滝」方向へ進む。
ヘアピン・カーブの所に、まだ新しそうだけど やさしげな石仏があった。

日向地区や平山地区は酒匂川沿いの小広い所にあるので、
前回歩いた都夫良野、湯触、大蔵野地区のように大野山の山麓やや上部にある集落より、
開放的で明るい感じがする。



▼ ふっと気持ちが和むお顔だ。右は日向にあったトイレで「いつでもご利用いただけます」とのこと、嬉しいな




▼ 樹林の中から出てきて、こういう風景に出あうと ほ~っと癒される




▼ 少し先には、こんな道祖神や石が祀られている一角が




▼ まっすぐ進んで行くと、下が赤茶色と緑色にぬられた高瀬橋。酒匂川を渡った向こうが平山地区になる




▼ さらに屋久野橋(やくのはし)で この流れを渡る。これは丹沢湖からきている導水路かな?




洒水の滝入口を入って、そのまま西の方角に少し進んでから、
あとは先に見える赤白鉄塔をめざして行く。

えっ、なにこれ!?
突然、道のまん中にデーン!と水道施設があったのにはビックリ!!
ここしか作るスペースがなかったのかい(笑)

空は青いし、展望も良いので出だしは快調だ。



▼ 赤白鉄塔を目指して行く。私はまだ花粉症ではないけど周りの杉の茶色が気になるね~




▼ 前回歩いた対岸が見えた。中央の白い建物がs-okさんの記事にあったステキな喫茶店“Cafe Leaf”だ




▼ この付近はしっかり整備されていたので、まるで散策路のようだった(振り返って撮影)




▼ 酒匂川右岸200m付近から谷峨方面の展望。地形図によれば下との高度差は50mくらい?




▼ せいぜいが この程度のあやしさ。おおむね危険な箇所はなく、ゆったり歩ける道だ




▼ 鳥の食痕、何の鳥だろう?




国道246の瀬戸トンネルがある位置から少し上だったろうか、
道が縦に間のびしたX(エックス)型になっていた。



▼ 進行方向を見たところ。右はすぐ すごいササヤブになる。左に登ると上の水平径路に出る




▼ 振り返って見たところ。右から歩いてきた。左に行くと瀬戸に下る



進行方向の左に登って行くと、犬が一匹現れた。
猟犬らしいが飼い主が見当たらないので、チョット心配になった。

いつか、はぐれた猟犬を探している方に遭ったことがあったので、
それ以来、どうしても気になってしまう。
でも、少し登った先に飼い主のハンターの方が見えたので、ほ~。

その辺りは平らになっていて、そこに高さがそんなに高くない石標があった。
「瀬戸社碑」と刻まれていたので、ここにお社があったのだろう。



▼ まさかこんなところに、こんな石標があるとは思わなかった




イガイガさんによれば、ここからも平山方面に通じる水平路があるのだとか。
今、歩いて来た道より上に平行に付いているらしい。

地形図を見ると、谷峨方面にも破線が続いていて、鳥手山トンネルの上の実線につながっている。
でも、途中に顕著なものだけでも5,6本の沢が入っているから、
もし歩くとしたら、これはかなりキビシそうだ。

ここで来た道をX字路まで戻り、瀬戸へと下って行く。この道も良い道だった。
瀬戸の集落は 時間の流れがゆったりしているような、そんなところだった。



▼ 左から白い看板の所に出てきた(振り返って撮影)。奥にも道が続いていた




▼ 懐かしいような のどかな風景のJR御殿場線の平山踏切付近。電車は右の鉄橋で酒匂川を渡る




▼ 線路沿いにあった素朴な石仏からも ほのぼのオーラが・・・・




踏切を渡って右に曲がると、すぐに永安橋。われわれも ここで酒匂川を渡る。
橋の上から行く手を見ると、まん中に古い永安橋の橋脚と、その左右に見慣れない穴のような物があった。
イガイガさんによると、山北に水を引いていた瀬戸堰の取水口の跡だそう。

ここに無人の渡し舟があり、自分でロープを引き行き交っていたのかと思うと
何とも感慨深いものがあった。



▼ 古い永安橋の橋脚や瀬戸堰の取水口の跡が かなりハッキリ見てとれた




永安橋を渡ると すぐ県道76号に出る。
山北方向に少し行くと、富士急湘南バスの「四軒屋」というバス停があった。

この地名が、四軒の家があったからとは思いつかなかったのだけど、
言われて「あっ、なんだ~、そういうことか!」と目からウロコだった。
二軒屋とか六軒屋もあるとのこと、ガッテンガッテン!



▼ バス停の少し先に左に上がる登り口が見える。これが都夫良野に続く瀬戸ミチだそう




登り口を通過して、少し先の「線守稲荷神社」に向かう。
真っ赤な鳥居が二つもあって、目がショートしそうなくらい鮮やかだけど、
道路から少し低くなっているので、知らないと通り過ぎてしまいそうだ。

名前が珍しいな~と思ったら、やっぱり鉄道に関係していた。
トンネル工事でキツネの巣を壊してしまい、その結果 いろいろ奇怪なことが続いたので、
霊を慰めるためにトンネルの上に祠を作って、祀ることにしたと説明が書かれていた。



▼ 毎年4月に大祭が行われているそうだ。次の写真で鳥居の位置が分かるかな?




▼ 鳥居の下にあるのは、今は使われていないトンネル




トンネルを見てから再び県道に上がり、来た道を少し戻るとさっきの瀬戸ミチの登り口だ。
ここからは ほとんど歩かれていないようなので楽しみだ~
ロガーの軌跡を早く見たい!って、まだ歩いてないじゃん(笑)

さて。
登り口から擁壁沿いに少し進むと、総じてハッキリした道がゆるく登りながら続いていた。
途中で少しササヤブの所が出てくるので、そこだけ注意が必要だ。

P313mは梵天山(ぼんてんやま)というそうだ。



▼ ササのヤブっぽい所もあったので、ヘタをすると酷いめに遭うかも~




再び分かりやすい径路になり、植林内を西側に進むと自然林になった。
右手に鉄塔が見えるところが、P320mの直路山(すぐじやま)らしい。

この辺は今回 一番気持ちが良かったところ、また来たいな~♪
思いがけず富士山も見られてラッキー。



▼ 直路山付近のベリグーの景色、ここでの~んびりもいいなぁ
















♪ 水飲場から新ミチで大蔵野集落の長光院へ


直路山からも分かりやすい道が続いていて、何の不安もなく歩いて行くと、
見たことがあるような気がする景色に出あった。
イガイガさんに言われるまで気づかなかったのだけど、そこは前回 歩いて下り立ったところだった。

そう言われて、この下り口の少し手前で、正面を横切っている径路に合流したことを思い出した。
あの時 左から続いていたのが、今回歩いて来た道だったのだ。な~るほどね~

でも、理屈では分かっても、タイム・ラグのせいか、感覚的に同じエリアに感じられないので、
アッチとコッチの“すり合わせ”が必要かな。



▼ 都夫良野の町道に出た。ここは前回も下りて来たところだった。この先 水飲場までは同じ道だ




▼ 振り返って撮影。右が町道で左が旧道。前回はここで ひと休みしたけど




▼ 今日は水飲場で ひと休み。シックリ合い過ぎだ~!(笑)




▼ ここから二つ目のお楽しみである新ミチに入る。右は都夫良野地蔵堂へと続く前回 辿った古ミチ




▼ ホントは農道を最後まで行かずに、ここから入るのが正解だった。それに気づいたのはウロウロしたあと




▼ で、初めは知らずに舗装の道が尽きるまで進み(ムリないよ)、うすい踏み跡っぽいのを追ったが




▼ すぐに こんなヤブになってしまいイガイガさんの古い地図を見ながら軌道修正。少し下って径路発見となった




当然、どこが始まりか つきとめるため、発見した径路を入口に向かって進んで行くと、
3枚前の写真の辺りに出たのだった。初めからここ入るなんてムリだ~!!

では、気持ちを新たに もう一度♪



▼ 農作業小屋のある前から更に奥に続いていた




帰宅後、軌跡を見ると、
径路は標高350m前後をトラバースしながら西に向かったあと北西に向かい、
谷峨から嵐を通り都夫良野へと続く町道に上がっていた。
つまり、都夫良野地蔵堂の南に位置する広い400mピークをグルッと回り込む形で付いていた。



▼ やはり沢が入っている所は崩落しやすい




▼ 新都夫良野トンネルの上あたりかな?




イガイガさんも記事に書かれているように、前回の古ミチは舗装路になってしまっている部分が多かった。
それに比べると この新ミチの方は、自然林の中を通っている箇所が多いので、
往時の気分に近いものが味わえて楽しい。

でもね~、北西に向きを変えてくるあたりから、やたらと太い赤テが目につき始めた。
チョット気分がそがれてしまうな~



▼ おお、富士山だ~! 展望が開けて気分爽快♪




▼ ほどなく谷峨から嵐を通り都夫良野へと続く町道に上がった。左下から出てきた。ひぇ~杉 赤茶色




▼ 都夫良野方面で工事をしていた。最初、真楽寺はこちらかと登って行くが、ないー! で戻って




▼ ほんの少し嵐方面に行くと、地図にない細い道があり、入り口に真楽寺の看板があった。ここだー!




▼ 真楽寺方向の道から振り返って。正面中央電柱付近から町道に出てきた。ここは第二のウロウロ地(笑)




▼ 真楽寺への道はなかなか風情があった




境内の一角に、平成14年に建てられた「川西小学校のいきさつ」という石碑があった。
それによれば、
ここ真楽寺には、現清水小学校に後々つらなる旧川西小学校が、明治10年4月から36年間も
設置されていたという。



▼ 今はひっそり静まりかえっている境内も、かつては子どもたちの声でにぎやかだったのだろう




▼ 素朴で落ち着いた感じのこの本堂が学び舎だった・・・・




▼ 石碑によると、山門前の味わいのある この石段は、子どもたちが酒匂川から石を運んで作ったものだそうだ




▼ どちらも真楽寺の近くで自然にとけこんでいた




▼ 嵐の集落がすぐ下だ




この石段でランチにしたあと、ここから どう続くのかが分からなくなり、再びウロウロ。
結局、町道に出て少し行くと、大野山へのハイキングコース入口があった。



▼ 谷峨駅から吊橋を渡って嵐から頼朝桜、野背開戸に続くルートだが、ここも私の頭の中ではつながらない(汗)




▼ 入口を入って間もなく左の踏み跡を辿るが、ここでいいのかなと半信半疑。でも石仏発見で半疑消滅~(笑)




新ミチは古ミチより、およそ70m前後下方に付いていたようだ。



▼ ササヤブあり                           ▼ 崩落箇所あり




▼ こんな所もありだった~




▼ 倒木も                              ▼ 柵も




▼ そして新ミチも、一番の難所は湯触沢の横断だった。パイプが2本あり、ここで取水しているらしい




▼ このあとは快適な径路が続き、ルンルン歩きで




▼ 上に見えている宮原から都夫良野に続く町道と合流したのだった(振り返って撮影)




▼ 町道の右側にしっかりした細い道があった。湯触沢で取水している水路らしいので辿ってみることに




▼ 水路はこんなふうになったり




▼ あるいは、こんなふうになったりしながら




▼ 長光院まで続いていたのだった




前回、この前を通った時は、ひっそりしていて人の気配がなかったけれど、
今日は中から話し声が聞こえた。

門の前で写真を撮っていると、年配の男性が お一人 階段を下りてきた。
服装から察するに、法事のような類の集会があったようだった。

挨拶をして、奥山家道のことなどイガイガさんが話題をふって見たら、
ご存知のことをお話してくださった。
地元の方との対話は、資料などで得たものと違った面白さがあって楽しい。





♪ 宮原から用沢を経由して山市場をめざす



長光院からは、前回と少し違ったルートで町道に出た。
このあと、まだ第三のミッションが待っているので気を抜かずに歩く。



▼ 湯触公民館の手前にあった石仏。左は馬頭観音像、まん中の方が偉そう(笑)




▼ 宮原集落のホンの少し先で、右に上がって行く道がある。これが用沢から山市場に続く旧径路の入口のようだ




▼ すぐに東京電力峰線No.30の鉄塔、その先、右奥に道が続いていた




▼ 途中、ヤブのようになってたり                 ▼ 石積みが現れたり




▼ ハッキリした径路になったり                  ▼ 大きな堰堤があったり





▼ 再び沢を通過したり(用沢かな?)              ▼ こんなハッキリした石積みもあったり




▼ こんなのどかな所もあったのに、宮原からここまで、一つも馬頭観音や石仏の類がなかった。不思議だな~




しっかりした道が、用沢を越えると下に向かっていた。
山市場の集落に着いたのかな、いや、ちょっと早過ぎかな、
なんて思いながら辿って行くと、県道76号に下り立ってしまった。
そして、そこには集落はなかった!

かなり歩いたような気がしたのだけど、二つ目に通過したのが用沢とのことなので、
山市場は、もうチョイと(あと600mくらい?)先だったようだ。
下っている道に目がいってしまったけど、水平の道があったのだろうか?

登り返して確かめてみたいかな~という気持ちも少しあったけど、相談の結果、
今日はここまでということで道の駅の方向に歩いて行くと、ほどなく用沢バス停があった。

わずかな待ち時間で やってきたバスに乗って(ラッキー!)JR御殿場線山北駅で下車、
駐車地の河村城址まで戻って、今回の再訪を終えたのだった。



▼ バスを利用する時でも、今まで一度も降りたことがなかった用沢バス停




二回にわたって歩いた奥山家道の古ミチと新ミチ、そして瀬戸ミチは、
今まで歩いた山の中の径路と違って、山里の人々の生活道としてのぬくもりを感じるような道だった。

道端に祀られている ほほえましい馬頭観音や石仏、道祖神などから人々の温かい想いが伝わってき、
歩いていて楽しかった。
(・・・宮原から山市場への道には なぜそれらの類が何もなかったのだろうか、
味気なさを感じると同時に不思議でもあった)

山里の時の流れは、自分の日常の時間の流れと違ってる
そんな感覚にひたって楽しんだ古道探訪だった。
イガイガさん ありがとうございました。


記事の長さも、抱え込んでいた時間の長さも、最長記録で、
もう、今後こんなのはないかな~ たぶん(笑)
大変ではあったけれど、“生みの苦楽”を存分に味わわせてもらえ、
愛着もひとしお・・・・
と、まぁこんな感じで 実は、実にほっとしている次第。




♪ イガイガさんとMASAHIKO さんの記事も併せてどうぞ

http://igaiga-50arashi.at.webry.info/201202/article_1.html

http://lucita.blog.so-net.ne.jp/2012-02-16







菰釣山で “冬のだいご味” 雪上ハイクを楽しむ


▲ 山中湖平野から富士山を望む




1月29日 菰釣山へ

最近は一部の方から“雨女”と言われているのだけど、
今日はスッキリと冬の美しい青空だ。

エッヘン どうよ! これで“汚名返上”だね~
って、もしかして同行者2人のおかげかな(笑)

思った以上に雪が多く、今シーズン初の雪上ハイクを満喫した。
写真から、雪景色を楽しむワクワク感と
雪面にできる やわらかな陰影の魅力が伝わればいいな・・・・






▼ リスくんの足跡だよ~かわいいね!












▼ これはキツネくん。足跡の間に 掃いたようなシッポの跡が入るんだってさ












▼ これは だれだろ??












▼ これは分かる! ウサギさんだ












▼ 雪があると避難小屋までの距離だって大変だったけど、この先は稜線漫歩を楽しめる






▼ ねっ!! 雪がサラサラで気持ちがいいな~






▼ おお、珍獣の登場!触覚があるよ






▼ 道志側の山並み~






▼ 城ヶ尾峠方面はトレースがあったけど、山中湖方面にはなかった






▼ 山頂からも何とか富士山が見えたのだ。この後すぐ雲が広がってしまったからラッキーだった






▼ 帰路 稜線上の右手、檜洞丸の後ろに蛭ヶ岳が見える所があるけど、小枝がじゃまで写真は諦めた












▼ 影が やわらかくて やさしい・・・・光より陰影の勝る断片














温かなぬくもりを感じながら 奥山家道(おくやまがみち)を辿る


▲ 頼朝桜の手前から湯触(ゆぶれ)への旧道に入ると、すぐに馬頭観音があり別世界に・・・(振り返って撮影)




この辺りに行くとしたら、まずハイキングで大野山(723m)だろうか、私も以前はよく行った。
次は洒水の滝かな、ここは数回。そして河村城址は一度だけ行ったことがあるが、
どちらも山歩きというより名所巡りで、どこかに行く際にチョット寄るみたいな感じ?

だからイガイガさんから「奥山家道と古の城跡巡り」のテーマで歩くと聞いても、
具体的な場所がよく分からない。
かろうじて、s-ok さんが奥山家道を何度も歩かれていらっしゃったことしか頭に浮かばなかった。
(だいたい読み方だって分からなかったのだ~汗)

山中の遊びと違って、今日のような所は歴史や謂われなどの下調べをしてから歩くと
より身近に体感できるのだろう。
というわけで、ご親切にイガイガさんからは難しい資料が容赦なく(笑)送られてくるのだけど、
なかなか頭に入らない。

ええい、ままよ!s-ok さんの記事を分かるところだけ拝見して、とにかく歩いてみることにした。





奥山家道範囲




2012年1月28日 晴れ
メ ン バー: イガイガさん、はっぴー
コ ー ス : 河村城址駐車場―河村城本城跡―萩原地蔵堂―川村関所跡―水飲み場―鐘ヶ塚砦跡―
        都夫良野地蔵堂―頼朝桜手前旧道―長光院―道の駅―新城跡―清水橋―谷峨駅―電車
        ―山北駅―河村城址駐車場               (行動時間:7時間25分) 
                            ※ 記事中、一部イガイガさん撮影の写真を拝借した    
 



♪ スタートは河村城址


城をイメージした外装のトイレ前の駐車地に着いたのが7時40分ちょい過ぎだった。
やや薄雲がかかっているけれど、これなら許容範囲のお天気だと思いながら本城郭跡に向かう。

右側に畝掘とお姫井戸の遺構があった。畝堀とは「敵の侵入を困難にしようと堀底を畝で区切ったもの」だそう。
畝掘はパッと見 分かるけれど、お姫井戸は下の方に平べったい長楕円型の石が置かれているだけ、
全然それっぽくないのだった。

本城郭跡で、酒匂川の対岸北西方向にある鐘ヶ塚砦跡がどこかイガイガさんに教えていただく。
下の写真には写っていないけれど、確かにここからなら お天気が良ければ見えるだろう。



▼ 本城郭跡は さすがに広い。眺めが良いので築城するには格好の場所。正面左(北西)が大野山




▼ 城跡図のレリーフが埋めてあったけど、お城のことはよく分からない




▼ 各方向にこんなものが。これは今日の最終目的地である新城跡の方向を示す矢印。下に5.5kmとの表示あり




▼ 本城郭跡のはじから下を見ると手前に畝掘が見えた。上から見ると分かりやすいね~




10分もここであれこれ調査をしてから本城郭跡をあとにし、洒水の滝への分岐を左に見て、
オレンジのカラスウリが垂れ下がっていたり、雪が残る斜面を見ながら、浅間山トンネル方向に向かう。
ここは、「河村城跡・洒水の滝コースの森林セラピーロード」になっているらしい。

この辺を歩いている時、山北町のお知らせが流れてきた。
よく聞き取れなかったが、地震があって御殿場線が止まっているらしい。
揺れなんて少しも感じなかったので、何だか信じられないが、
工事関係者の方が3人いたので聞いてみると、やはり7時50分頃にあったとのことだった。



▼ 森林セラピーロードの入口案内板がある少し手前からこれから下りて行く萩原地区が見えた





♪ ここが奥山家道の出発点、萩原地蔵堂


「奥山家古道の都夫良野付近」  ( 頼朝桜そばの山北町の看板より )

天保年間に編さんされた「新編相模国風土記稿」によると、近世(江戸時代)の山北には、
川村山北、川村岸、川村向原の3カ村と、西山家9カ村(皆瀬川、都夫良野、湯触、川西、
山市場、神縄、玄倉、世附、中川)、平山、谷峨の村がありました。

この西山家9カ村のうち、玄倉、世附、中川は、西山家の奥、西丹沢の山深いところにあったため、
奥山家3カ村とも呼ばれていました。
この奥山家へ通じる道であることから、奥山家道と呼ばれました。

※ 西山家は、高松山から丹沢山へ続く尾根の西側にある村を指しています。
 この東側にあたる虫沢・宇津茂・柳川・菖蒲など11カ村は東山家と呼ばれていました。
 



浅間山トンネルの上を通り246を渡ったあと、人道橋(じんどうばし)で
JR御殿場線を越えて、萩原地区に入る。
ここにある萩原地蔵堂が奥山家道の出発点とのことだ。

s-okさんが歩かれた2010年8月23日は、ちょうど地蔵堂のお念仏の日で、
【お堂の中には、大きさがなんと約三メートルもある石仏が、正面に安置されています。
お堂の縁の下をのぞくと、石仏が大きすぎるため、地面に直接置かれているのが見えます。】
とあるが、今日は静まりかえっている。



▼ あっけなく着いてしまった萩原地蔵堂は、赤い屋根と白壁の菊の御紋章が印象的




▼ 御殿場線を渡り返し皆瀬川を西に渡った少し先の安戸隧道。入口右はじの白いものが川村関所跡の説明板




【・・・・この関所への道は、小田原からの甲州道を南足柄市向田で分かれ、
 北上して当町の岸から山北に入り関所を越えて共和・清水・三保地区を結ぶ奥山家への道と、
 途中で分かれて・・・・】とあった。



▼ 平成10年1月に山北町教育委員会が設置したものだ




▼ 隧道をくぐって大野山登山口に入ると「馬頭観世音」の碑と像があった。右側の碑には蹄鉄が備えられていた




▼ その先にも石仏が祀られていた。大切にされているのだろうね、お供え物が新しかった




▼ 石仏のすぐ先に、初めて見る土留めが設置されていたのでパチリ




東名高速道路の下をくぐり抜ける。
右手に鍛冶屋敷を経て大野山方面の道を分け、左に大きくカーブした道を都夫良野方面へと向かう。
再び左にカーブする手前の左側に「大正天皇御聖跡記念碑」があった。



▼ 「大正天皇御聖跡記念碑」だった。奥の白い橋で東名高速道路を渡った




この辺りは高速道路の工事で奥山家道が寸断していると、歩きながらイガイガさんの説明が入る。
大きく右にカーブした先で、車道の左側の山に入る階段が現れた。これが旧道とのこと。



▼ 旧道に入る階段を登ると、道はしばらく車道と並行して続く




▼ こんなにゆったりした道なら馬も通りやすかっただろうと話しながら辿る




▼ 動物のフンがあったりキノコもあったり




▼ 石積みもあった




▼ 道形はあるけれどチョットやぶっぽい所もあった




少し雪が残る中を進んで行くと、左からくるハッキリした小道に合流した。
これが酒匂川の向こうの平山に至る瀬戸ミチで、ほどなく車道に下りたった。



▼ 平山に行く「瀬戸ミチ」と合流して、ここに下りた




少し行くと、舗装道路と別に右手に旧道と思われる道(イガイガさんのお話)が左に続いていたので、
低いチェーンをまたいで入って行くが、すぐに車道と合流した。



▼ 正面で車道と合流。個人の敷地のような雰囲気で遠慮しながら通った。右の道は何だろう?




▼ ずいぶんオシャレな建物の出現に驚いたが、これが都夫良野集会所と知って、さらにビックリ!




▼ 集会所からほどなく水場に到着。かけてある ヒシャクのせいか俳句のせいか、素朴な温かさを感じる




▼ 水場の傍らには馬頭観音が。この素朴な感じがいいな~




水場から細い道が下に続いていた。

先のs-ok さんの記事中に「湯触にお住まいの正夫さん」からお聞きしたという
『奥山家道の変遷』があった。

それによると、これから歩く「宮原―湯触―野背開戸」の第一街道は上り下りが多く、
物流が盛んになるに連れ、馬での通行も大変になってきたので、第二街道として
「宮原-大蔵野-嵐-都夫良野」が開かれたという。

この細い道が その第二街道らしい。
機会があったら、こっちの道も歩いてみたいなぁと思いながら、
次なる目的地の鐘ヶ塚砦跡と都夫良野地蔵堂に向かった。



▼ 正面に電波塔が見える手前から右手の日当たりの良い落葉した雑木林を登って行くと鐘ヶ塚砦跡。今は植林地だ




▼ 鐘ヶ塚砦跡から富士山は雲に隠れてみえなかったが、新城跡は良く見えた(●の地点)。下は公園作りの工事中




▼ 車道を電波塔方向に進むと隣に都夫良野地蔵堂があった。縁側でまったり日向ぼっこしたくなる のどかさだ




石仏群の後ろにカナクギノキという珍しい木があった。
そばにある説明板はうすくなっていて読みにくいので、帰宅後「山渓ハンディ図鑑・樹に咲く花」で調べた。

クスノキ科クロモジ属の木で、樹皮は老木になると不規則に粗くはがれるそうなので、これは老木かな。
名前の由来は「カナクギは釘のことではない。樹皮の鹿の子模様の鹿の子がなまったものといわれている」
とあった。



▼ クスノキ科の高木で落葉するのは この木だけだそう。葉が見たかったわ [イガイガさん撮影]




▼ 地蔵堂の先の道路に書かれた道標は分かりやすいね。左は嵐、右が中川、地蔵堂の方向は山北だ。ここは右へ




▼ 進んで行くと説明板と少し先に頼朝桜があり。これは何度か見ていたけど奥山家古道には関心がなかったなぁ




▼ 説明板の手前の90度に曲がる所から旧道に入る(振り返って撮影)。この先でトップの馬頭観音を撮影した




▼ 谷峨駅と大野山のハイキング道を突っ切って、一部コンクリートで覆われた排水路の形で旧道は湯触沢に向かう




ここで、アケビのツルを手にした登山者ではない様子の女性と出あったので話しかけてみた。
昔、ツルを取ってきてはリースを作っていた時期があったので、懐かしかったのだ。

聞けば、ご主人のご実家が都夫良野だそうで、この近くに週末だけ過ごす家をお持ちだとのことだが、
古道など あまり周辺のことはご存知ないらしい。
イガイガさんが今日歩いているコースのことを少し説明すると、面白そう~と湯触沢の手前までご一緒された。
こういう触れ合いは楽しい♪



▼ うっすらと雪の残る小道を通り湯触沢に出た。小さな沢だけどV歩きに慣れていないと危険だ




▼ 対岸はずっと竹林の中の道で気持ちが良かったけれど、進むに連れて倒木が。車道手前になるとお茶畑が出現




▼ 右の竹の棒の奥から出てきて、左の野背開戸からくる車道と合流、手前に進んできた [イガイガさん撮影]




▼ 道が再び三叉路になり、ここにも道路の道標。旧道は右の大野山だ




▼ 大野山方面に入って右側に道祖神やお地蔵様、馬頭観音など5つが祀られていた。この さり気なさがいいなぁ




▼ 左にお茶畑と湯触の集落を見ながら歩いて暫く行くと、大蔵野へ至る分岐があり旧道は左へゆるく下っていた




▼ こののどかな風景を見ながら歩くと本当に癒されるのだ




▼ 車が通れるような道だったのが、そのうち狭くなって雰囲気が出てきたぞ♪ザックリえぐられている所もあった




▼ でも それも束の間、すぐ歩きやすい道になり左手に何か見えたが、こちらは裏で正面はやはり大蔵野側だ




▼ 回り込んで見ると道祖神や馬頭?観音、石などが石積みの上に祀られていて、日本酒がお供えしてあった




ほどなく行く手正面に集落の屋根が見えてきて、大蔵野の長光院の裏手に下り立った。
ここから直線で辿れる道があるはずだと思いこみ、左下の長光院へは下らず、
畑の横の細道をズンズン進んで行くと茶畑の中にドップリとはまってしまった。



▼ 長光院は左下だが、まん中の畑の右と電柱の間を入って進んだ




旧道とは程遠い様子に引き返し、長光院から歩き直すことにしたが、
この辺りのウロウロは見晴らしも良くて楽しかった。
分からない ということは、恐いというレベルの危険が伴わなければ
ある意味 面白くて魅力的なのだ。ここはロガーの軌跡が楽しみだった。



▼ 茶畑がずっと続いている。まん中 左に見えるのは宮原(みやばら)の集落だろう




で、改めて長光院へ。



▼ 長光院は小さいけれど小ざっぱりとした綺麗なお寺だった






▼ 宮原の集落を通るメイン道路には馬頭観音や道祖神が手厚く祀られていた




▼ 湯触公民館があった




▼ 今も生活の中に当たり前にある、このさりげなさがいい。車がほとんど通らないので落ち着いて歩けるのもいい




宮原から山市場に続くという旧道の入り口を確認し、先へ進む。
今日の奥山家道の探訪はここまでかな。



▼ そして、ここで河内川沿いの県道76号に出た。あとは車の往来する道を山北の道の駅に向かって歩いた





♪ 最終目的地の新城跡へ


道路と川原の中間にある小広い所で昼食をとって、河内川を渡った。
新城跡は地形図や昭文社のエアリアには城山(347m)と記載されている。



▼ 河内川・ふれあいビレッジ オートキャンプ場なるものは初めて知った。山北町立だそうだ




▼ 橋を渡った所から歩いて来た北の方角を見る。こっち側に来たのは初めてでワクワク♪




予定していた西側から回り込むルートは早々に「現場内立入禁止」の看板に阻まれ、
河内川沿いの道を峰発電所方向に進む。
この道は前から一度歩きたいと思っていたとイガイガさん、
じゃあ、予定変更になったけど、そう悪くもないかな。



▼ 途中の小沢に堰堤があった。なかなかきれいな石積みだと思いパチリ




▼ 小学校と中学校が同じ敷地にあるのを眺めた地点から、山に入る道がジグザグについていた




▼ 今日最後の登りにフーフー言いながら振り返ると、大野山と湯触の集落の山里の風景が広がっていた




▼ 人家の間を通る道に出る手前に大きなお地蔵様が祀られていた。さっきまでの野仏とは感じが違うね




▼ ふふっ チョットいたずら~




▼ 意外に道が入り組んでいてウロウロしながら ようやく新城跡に到着。説明板の奥はヤブだったのでガッカリ




今日の目的はこれで無事終了した。
このあと どう帰るか相談の結果、谷峨駅からひと駅JR御殿場線に乗って
スタート地点の河村城址に近い山北駅まで帰ることにした。



▼ JR御殿場線の谷峨駅はオシャレな駅舎だけど無人駅だ




▼ 意外にもイガイガさんは初乗りだそう





あーーー、長~~い記事になってしまった。

あまりに長くてポイントがかすんでしまった気がするけれど、
今回の私のテーマは、
里に近く、人々の生活に密着して作られていた『奥山家道』の残っている部分を、
往時をしのびながら歩くということだったかなと思う。

でも、それにしては不勉強でイガイガさんに教えていただくことばかりだった。
イガイガさん、ありがとうございました。

違った着眼点で書かれたイガイガさんの記事も併せてどうぞ

http://igaiga-50arashi.at.webry.info/201201/article_5.html


写真や軌跡を繰り返し眺めた結果、今ようやく、歩いた時にはゴチャゴチャだった記憶が
少しだけ整理できたかなという状態になった。
ということなので、とりあえず歩いた所を辿るという表面的なことしか書けない。

下記のs-okさんの中味の濃い記事を改めて拝読し、その素晴らしさに感動したのだった。

http://homepage1.nifty.com/s-ok/eco/20100823okuyamaga/20100823okuyamaga.htm














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